一昨年(2023年)から去年(2024年)の春位のお話ですニコニコ

私は、一昨年の夏の終わりの9月に失意のどん底、絶望でいっぱいの中に居ましたショボーンというのも、主人が脳梗塞を起こしたからです・・・。これは2回目で、1回目は、脳幹出血で奇跡的に生き返って、左半分の麻痺がありました12~13年前位かなプンプンその上だったので救急車で運ばれた時は、口も麻痺でしゃべる事も出来ず、座る事も出来ず、トイレもポータブルでさえ座れませんでした・・・今回は右半分にきてしましました・・・ですので、もう立てるかもわからないし、トイレも座って出来るか分からない状況でしたショボーンその時に住んでいた家はエレベーターなしの3階でした、ですので、帰って来れるとなったとしても、平屋のお引越しをしなければならなくなりました。でも、その運ばれたばかりの時は施設になるのか、帰って来れるのかすらも分からない状態でした・・・。運ばれたばかりの時は悪化して進行してましたので、大丈夫なのかヤキモキするばかりでした・・・、まだコロナの余韻がありましたので、それでなくてもICUの面会時間は少ないのに、更に中々会えない状態で、様子が分からず、不安で頭がいっぱいになり、多動性の症状になってしまい、狭い家の中をじっとしている事が出来ず、ウロウロずっとしている様になってしまいましたガーン私は、プロフィールにも書いていますが、精神障害を持っていて、パニック障害がありますので、自転車で30分位のところにある作業所Bに通っていました。少しお休みしていましたが、このままだと頼るところが無いので、行くところもなくて家にいても、いい事にならないと思い、また行き始めました。作業所に行き始めの時は、辛すぎて作業所の職員さんに話を聞いて貰ったりして、ずっと泣いていましたえーん今から思えば、感情が出せるという事は感情を感じれる余裕があったんだと今は、思いますね。両親が他界した時は、そんな泣く余裕なんか無かったので。そして、それで、朝早くに作業所に行って、途中で抜けて自転車で病院へ行って、また、作業所に自転車で帰って、終わったら自転車で自宅に帰るという生活を主人がICUにいる間はずっとしていました。ICUは1週間入っていました、手術する事が出来ないままで、悪化していくのが落ち着いてから病室を変わりましょうという事になっていました。病室を変わる頃には少しロレツも回る様になってきたので聞き取りにくいものの何を言っているかは分かる様になっていました。何かによかれば座る事もなんとかは出来る様になっていましたが、トイレは難しくおしめをしたままで過ごしていました。今回の脳梗塞は、脳幹に繋がっている運動神経の所の血管の脳梗塞だったので、右半分は、左よりもひどい麻痺が残りそうでした。右手は一切動きませんでした。そして、2週間経ったらその運ばれた脳外科病院から、リハビリ病院に移る予定を聞きました。ICUから出て、病室を変わっても面会時間は相変わらず少ししかないものの本人もなんとか少し元気そうになってきたので、気分的に私も落ち着いてきましたおねがいリハビリ病院に移る頃、トイレはおしめのままで、自力で立つのは無理でしたが手伝って貰って車椅子に座れるようになりました。それでも、これ以上よくなるのかは、分かりませんでしたショボーン施設じゃなくて帰ってきて欲しいけど、せめて立てる様になってくれないと大変過ぎて、みるのは無理かもしれないと思っていました。介護職で少し働いたことがあったので様子はイメージがつくので、やっぱり、自分が毎日する事の限界もイメージついていました。そして、福祉サービスの事について、かなり疎かったので、先の不安ばかりが押し寄せていました、それもあったのも確かです。自分と先の見えない事の葛藤が続いている日々でした。そして、いよいよリハビリ病院に移る時が来ました。主人はベットのままの移動になりました、次のリハビリ病院は、その脳外科病院から車で20分の所でした。そのリハビリ病院は半年間の入院になりました。やはりリハビリ病院でもまだ短い面会時間で、入ったばかりの頃は、本人には一週間に一回予約をしての20分位の面会で、洗濯物や必要なものだけの受け渡しなら、決まった曜日と時間に看護師さんにならやり取り出来るという感じでした。でも入院してからほどなくして面会の制限も緩和されて、毎日決まった時間内であれば行って面会出来る様になりました。そのリハビリ病院は、作業所からは自転車で30分位かかっていましたから、毎日ではないものの病院に行く日は1時間半位は自転車に乗ってました。毎日忙しい日々というのもありましたし、食べる時間がなくてという時もあったし、まだまだ暑い日々が続いていたので、年が変わる頃には25㎏位体重が減りました爆  笑そこはダイエットしたわけでもないのに気が付いたら減っていて嬉しかったです(笑)大分太り過ぎていましたから(笑)85㎏から58㎏になって、今は、60㎏前後を維持していて増えなくなりました、因みに163cmの身長です。

えっと、流れを書いていたら、前置きが長くなりましたが、不思議だなと思う出来事の本題に入りますが、主人が救急車で運ばれてからというもの、その時に住んでいた近くの神社に毎日拝みに行く様になりました、ほんと、困った時の神頼みじゃないけど、人って究極になったら毎日神社に行ってお願いし続けるもんだなって我ながら思いますチュー元々、目に見えない事は信じるタイプではありますが、神社に毎日行ったことはありませんでした。何かにすがるとか頼るとかお願いするというのがとても苦手で、あまりしたことがありませんでした。でもその時の問題は沢山あって藁をもすがる思いで途方に暮れていましたからお願い事も勿論ありましたので必死になってお願いしていました。先ず、主人が元気になって歩けるようになってトイレも出来る様になってお家に帰って来れる様にというのが1つ、そして、貯金がその時に0だったので、引っ越しできるお金とあるものお金と病院のお金が貯まります様にというのが1つ、公共の場所に交渉していた事があったのでそれが通る様にというのが1つ、後は、家を探さないといけなかったので、その家の条件が3つあり、麻痺のある左手しか使えないので、トイレにウォシュレットがつけられること、お風呂にシャワーがついていること、家賃が40,000円位で平屋である事、この3つは絶対条件でした、なので、その平屋がみつかります様にが1つでした。ところで私には妹がいます。妹は施設にいた妹の義理の父親のお世話もしていた事があって、病院や物のかかる費用の知識が少しありましたから聞いたりしていました。話も聞いてくれていたので、凄く精神的に助かりました。他は主人も私も親族関係は一切頼るところがありませんので、相談するところは公共の福祉だけで、動くのはほぼ全て私1人でやるしかなかったので、不安で必死だったので、余計に毎日神社に行って話したりお願いしていたんだと今は思います。リハビリ病院に移ったばかりの時は、とにかく面会が限られていましたから、リハビリでどれだけ回復していってるかも、リハビリの様子を見られているわけではなかったので、全然進展がわからなかったんですが、とにかく家を探して引っ越そうとしっかりと自分の中で決めたのは、ホントにリハビリ病院に移って間もなくの頃でした。帰って来れるかは分からないけど、あまり時間がないので、動く事にしましたが、とにかくお金も無かったし家も探さないといけないしで、引っ越しできる根拠もなく可能性もあるのかないのか分かりませんでしたが、とにかく動くしかなかったので、家探しと、節約して貯金を始めました・・・実際には4ヶ月位であるものと引っ越しと病院のお金50万円位を貯めて、条件に合う家を探して引っ越しを完了させるまでに5ヶ月位しか残っていませんでした・・・時間もなかったし、お金も0からで、奇跡的な事がないと難しいと言っても過言ではない状況だったことは確かですショボーン

現実的に条件の合う家を探すのは困難を極めていました。先ず平屋という時点で安い平屋と言えばどの平屋もトイレにコンセントなんかないのが基本だったので、その上、殆どが和式に様式便座が置いてあるとかばかりでした・・・シャワーは、ついている所もあったりはしましたが、トイレは安い平屋でウオシュレット付けられる洋式を見つけるのは難しかったのです・・・。始めは場所もこの辺りがいいと主人にも色々聞きながら相談しながら動いていました。そんなある日、面会制限が緩和してから、いつもの様に面会に行くと、なんと!主人がゆっくりと杖をつきながら、装具をつけて歩いていました・・・ええええええ~~~~~~!!!!聞いてない!!!歩けるん????ってすごい勢い詰め寄りました。つかまり立ち位は出来ているのは何となく聞いていた様な感じだったけど・・・。帰るまでには何とかトイレは出来る様にするから大丈夫としか、毎回主人は言ってなかったので、とにかくどの位進展しているかは全く分かっていなかったので、リハビリ病院に移ってすぐの車椅子に座ってるままの主人のイメージで私は、止まっていましたから、ビックリしたのなんのって・・・「これでなんとか帰って来れるわ!きっと大丈夫よ!」と思い、嬉しすぎて帰りに号泣してしまいました(笑)立つのだけでも彼にとって奇跡的な事で、リハビリの先生が言うには、1回、脳幹出血の時に左半分の経験があるからコツをつかむのが上手だったのと、本人が器用だから立てる様になったんじゃないかと言っていました。少しの時間でおぼつかないにしても、ゆっくりと何とかバランス取りながら歩いた主人に感動した事は今でも目に焼き付いています。

そして、主人とも相談しながら頑張って家を探していましたが、とにかく、中々見つからなくて、条件が合わなそうなところも当たってみる事にしました。そうすると場所は住みたい町の物件でしたが、やはりトイレが和式に洋式便座が取り付けてあるタイプで・・・でも時間も無くてこれ以上は何処も一緒かもね、と主人と相談して条件を妥協して契約を進める事にしました・・・。全部書類を仕上げて、書類を出しに行こうと思っていたギリギリの時に、なんと、妹から「友達から連絡があって借家あるけどお姉ちゃんどう?って言ってるよ」と連絡をくれました!ギリギリでそんな話が舞い込んでくるなんて・・・とビックリです!!その家は住む町は、ちょっと離れますし、ちょっと坂があるんですが、条件ピッタリの家で広いし庭もあるし家賃も4万前後で大家さんはとてもいい方で、申し分ない感じでした!!危なかった~~書類出しに行くところだった・・・とホントに良かったと喜びでいっぱいだったし、神様ありがとうございますと直ぐに神社にお礼に行きましたおねがい因みに今、住んでますドキドキ

そして、あと他のお願い事なんですが・・・なんと!!全部叶いました!!もうね、奇跡の連続です!!神様は大変な時は、助けてくれるって改めて思えましたラブ

今回のは、割と伏せてるところもあるから、公開に出来るかな・・・と思っていますが、様子見ながら、アメンバー記事に移すかもしれないですが、今は公開にしてみますチューおわりです(笑)

皆さんもごハッピーにスター