今日は両親が離婚した際のエピソードを書こうと思う。
今から20数年前、私がまだ4歳か5歳だった頃両親は離婚した。
同い年同士で結婚した両親。
父は優しい人であったが精神的に脆弱であった。
ド田舎育ちであったため流行りに疎く、待望の男児とのことで両親から厚い寵愛を受ける。
学生時代を不良として育ち、成人してからは職をコロコロと変え、人の良さから騙されて金を取られることもしばしば。
もともとの浪費癖と鬱からくる言動で母を追い詰めた。
母は他人にも自分にも厳しく、考え方は堅い人だった。
幼少期に両親に捨てられたため、何かにつけてその話を出す。
自分より活躍している女性というものを認めず、何かにつけて優劣を付けたり、社会的地位を考える人だった。
外国人寄りの自分の容姿に自信を持っていて、プライドも高かった
動物好きな一面もあったが、愛情表現&躾と題して強く叩くなどの行為が見られた。(私たちにもそう)
人を敬った物言いができない母は父の尊厳を深く傷つけた。
ある日
兄二人と私と父でゲームボーイカラーの2台を回して遊んでいた時だった。
なかなか代わってくれない兄に涙を浮かべながら、「パパ!お兄ちゃんが貸してくれやん!!」と訴えた。
父は「貸してあげなさい」といい、兄を睨みつけた。
すると兄は「ちぇ」という顔をしながら私に渋々ゲームを貸してくれた。
確かカーレースのゲームだったかな。白黒画面の、走ってる車を追い抜いて、タイムアップをはかるやつだったとおもう。
やっと遊べるぞ!と思い、スタートさせていると・・・
『 今すぐゲームをやめなさい!!! 』 と、父が怒鳴った
私は驚きながらも冗談か何かかと思い、おちゃらけてみると
すかさず 『 ゲームをやめなさい!!! 』 と怒鳴られた。
理解が追い付かないのと、声にびっくりした私は泣き出しそうだった。
パジャマ姿だった父はその場で私達に土下座した。
『 すまん・・・もう我慢できやんのや。 』と泣き出した父に私は言葉を詰まらせた。
そしてすぐに別室にて、家族会議が行われた。
『 パパとお母さんのどっちにつくんや 』
今まで一緒にいた人が家族ではなくなってしまうの?
どういうこと??
なんか選ぶのって辛い・・・どちらか選んだら、どちらかがが悲しい顔をしてしまう。
選ばなかったほうに、嫌われてしまわないかと気が重かった。
結局 兄妹全員母を選んだ。
今思えば 夜中に仕事に出て、夜遅くに帰ってくる父より長くそばにいた母を選ぶのは仕方なかった気がする。
そして月日が得ていく間に呪詛が何度も私の頬を撫でた。
母は「あなたたちが居たから私は再婚もしなかった。楽しみも捨てた。周りの共働きの親なんて楽をしていて大したことない。子供が三人もいなかったらもっとお金も溜まった」といい、
父は「真冬に着の身着のままで追い出された。季節外れのサンダルで軽自動車乗って実家に帰ったんやぞ」とことあるごとにいった。
お互いに心の傷は癒えていないんだろうけど、
勝手に三人も産んでおいて育てた苦労を語られるのは辛かった。
なによりも「 お母さんみたいな人はだめだ 」「 お父さんみたいな人はだめだ 」と何かしらパターン付けし、
印象操作去れるのが辛かったし、否定から始まる色眼鏡をかけさせられて これから経験していくことをまるで「経験したことのある」もののように感じて過ごしていくことが辛かった。
未だに私はこの呪詛の逃れ方を分かっていない。