↑前回までのお話。


 


「ごめんなさい!実はわたし…お見合いするの(笑)」


神のお導きによる不可抗力に全力で逆らった元旦。


自分の気持ちに嘘は付けない。

嘘も方便とは昔からよく言ったものだけど

今ベクちゃんに諦めてもらうには、これが一番効果的なことだと思うから。


帰り道。

沈黙が漂う車内で、わたしは助手席から窓の外に流れる早朝の街並みをぼーっと眺めていた。


ギョンスさんに失恋した直後にベクちゃんを拒んだ心が行き場をなくしてフリーズしてる。


黙ったまま運転を続ける部下にかける言葉が…何も見つからない。


…ベクちゃん…本当にごめんね。。。





「エリが帰ってこないって言うから、大したもの作らなかったわ。残り物のお節があるから、ほら、食べなさい。どうせ一人暮らしでろくなもの食べてなかったんでしょう」


目の前に次々とお皿が並べられる。

料理好きの母は、"誰かさん"に似て食べさせたがりだ。母の手料理はとても美味しい。

でも…最近のわたしは"誰かさん"にガッチリ胃袋を捕まれその味にどっぷり飼い慣らされてしまったみたいで、申し訳ないけど母の味に前ほどの感動を覚えることはなくなってしまったようだ。


身も心も胃までも"誰かさん"にズブズブに支配されてしまった自分を思い知る。


「そろそろ仕事ばかりじゃなくて料理の1つくらいは覚えなさい。そんなんじゃお見合い相手の方からお断りよ」

「…お見合いなんてしないって言ってんじゃん」

「まだそんなこと言ってるの。このまま一生独り身でいるつもり?」


実家に帰ればこればかり。

だから帰るのが苦痛なんだ。

わたしの人生だもん。

…どうなろうが関係ないでしょう。


「もうっ!ナナがオンニのせいで何人とお見合いさせられたと思ってんのよ!関係ないとか思わないでよね。オンニがお見合いするべきなのに」


ナナ…わたしの心を勝手に読まないで。


「あなた、ほら、つい最近も…」

わたしが頑なに拒むと母が父へと話題をバトンタッチする。(意味のない昔からの手法だ)

「おお、そうだ。エリ、お前と会ってみたいという話が最近またあったんだ。一度、会ってみたらどうだ?」

「お父さんまでそんなことを。ナナの方が若くて可愛いから相手も喜ぶでしょうよ」

「なぜか先方が"エリを"と強く要望するんだよ。写真だけでも見ておきなさい」

「断っておいて。わたしには仕事があるから」


全力で首を振って拒否。


お見合い写真なんか見たところで、ご縁などあるわけない。

"誰かさん"以上の人なんてこの世にいるわけないから。。。


…なんだかんだ言いながらも、いつまでも誰かさんを引きずってる自分が痛々しい。


「えー…だったらナナが会ってみようかな。なかなかイケメンだよ?ホントいいの?」

「うん、ナナ、よろしく」


一度実家を出た娘には

もう居場所などない。


「今夜くらい泊まっていけばいいのに」

「お母さん、ごめん。家でやらなきゃいけない仕事も溜まってるし、、、また来るから」

「仕事仕事って。あんたはすぐそうやって逃げるんだから」


数時間の滞在のみで帰ろうとするわたしを引き止めようとする母への一番有効な口実は《仕事》しかない。


あのマンションへ戻って何があるわけでもないけど。

わたしの日常は間違いなくそこにある。


例え家政夫ドギョンスさんがいなくなったとしても。


わたしの居場所はあそこしかないから。




「「本年もよろしくお願いいたします」」


取引先への挨拶まわりを済ませ、社に戻り、年末年始の連休の間で溜まりに溜まったデスクワークを片付けていると、もう21時を回ってしまった。


「エリさん、じゃあ俺、お先に失礼します」


「遅くまでお疲れ様。気をつけて帰ってね」


初詣でお祈りしたとおり、前のわたしに戻りつつある。


ベクちゃんは何事もなかったように。

よそよそしくもなく、かと言って馴れ馴れしくすることもなく。

これまで通りの上司と部下として接してくれる。


あんな嘘を付いてまで彼の好意を受け入れなかったことが、今さらながら申し訳なくて…。

自宅でひとり孤独を感じていると、少しだけ後悔してる自分もいたりするわけで。

きっとわたしの方がぎこちなくなっていただろう。


さぁ…帰ろう。

がらんどうの自分の居場所へ。



コンビニで紅じゃけと焼たらこのおにぎりパックを1つ買った。


ここに入ってる黄色のたくあんが地味に好きなんだよなぁ…


ピピッ…  ガチャリ


だなんて小さな幸せに頬を緩ませながら玄関扉を開けると。


…え。


室内の灯りが付いていて食欲をそそる香りがふわりと鼻をかすめる。


……嘘。

「…お帰りなさい。今日はずいぶん遅かったですね」


…な…なんで…ここにドギョンスさんが?!(彼女いるくせに)


珍しく眼鏡をかけたその姿を見て固まったわたしに。

「あ…僕、今日から仕事始めです。室内が荒れていたので掃除に時間がかかって、残業してました」


あぁ…そうか。汗汗汗

別にドギョンスさんとの家政夫契約は切れたわけではなかったんだ。汗汗汗

それなのに、ギョンスさんとはもう会えないと決めつけて部屋を散らかしたままでいたんだった。汗汗汗

なんで、付き合ってもないギョンスさんと"別れたテイ"でいたんだろう…自分( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )

これは絶対に…クリスマスのカップルごっこが齎した重篤な後遺症だわ間違いないわ!!!!!!!!!!( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )


「あぁ…え…っと…明けましておめでとうございますwえへへ」


驚きと恥ずかしさと嬉しさのカオスでパニックになったわたしは、とりあえず笑ってその場を取り繕う。


次の瞬間、彼女のいるギョンスさんへの片想いを断ち切るべきだともう一人の自分が脳内から指令を出した。


「初日から遅くまでご苦労様でした。今日はどうぞもうお帰りください。残業代はちゃんとお支払いしますので」


他人行儀モードを即座にON。


「……」


そんなわたしに悲しそうな顔をしたドギョンスさん。(彼女いるくせに)


(彼女いるくせに)たらさないで!⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝

(彼女いるくせに)わたしをそうやってたらさないでよ!!!⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝

(彼女いるくせに)この世紀の人たらしが!!!!!⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝

(彼女いるくせに)また危うく騙されるところだったわよこの天然無自覚マイペース人たらしモンスターに!!!!!!⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝

(彼女いるくせに)鋼の鎧を纏ったわたしの心を簡単に靡かせることなどもはや不可能なことを思い知らせてくれるわ!!!!!⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝


「わたしも出勤初日で疲れてるので今日はもう…」

「夕飯用意してあります。さぁ、早く手を洗って食卓に着いてください」


…はい?

ねえ、わたしの話聞いてる?

そういういきなり強引なところがマイペースモンスターなんだってば!!!!!⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝


…と強がりながらも素直に従ってしまうエリのバカバカバカバカバカ!!!!!( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )


でもわたし…

タコ飯大好きなの!( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )

「今日は三つ葉がとても美味しそうだったのでタコ飯を炊きました。この三つ葉をタコ飯の上に山盛りに乗っけて食べてみてください」


三つ葉がごっそりと入れられた別のお皿を目の前に差し出される。


いかんいかん…。

こうしてすぐにたらされてしまう。(彼女いるくせに)

気を引き締めなきゃ!!!!


「この三つ葉を山盛りに?は?タコ飯が台無しになりそうw」

「三つ葉を沢山食べるためにタコ飯が存在するんです。さ、騙されたと思ってやってみて」


そこまで言うなら…ねえ。


半信半疑で三つ葉をひとつまみして、タコ飯に乗せると。

「そんなんじゃ全然ダメですね」

ギョンスさんが三つ葉をガサっと大量に鷲掴みしてわたしのタコ飯の上に勝手に乗せた。(彼女いるくせに)


「ちょっ!何するんですか!タコ飯が葉っぱだらけになっちゃったじゃないですか💢」

「さ、いいから早く食べてみてください^^」


もう💢 (彼女いるくせに)

人の食べ物を勝手にこんな原っぱみたいにしやがって💢💢💢 (彼女いるくせに)

絶対許せ…な………


パクっ 


ん…んんんん????


……!!!!!( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )❤️‍🔥❤️‍🔥❤️‍🔥


「ね?美味しいでしょう」


あまりの美味に言葉にならずうんうんうんうんと何度も頷きながら口いっぱいに葉っぱとタコ飯を放り込む。

「ははは(笑)ゆっくり食べてください。まだたくさんありますから」


ほっぺたに目一杯詰め込んでもぐもぐしながら幸せを五感で味わう✨✨✨


目に映る緑色と赤いタコの色彩

鼻を抜ける三つ葉の風味とおこげの香ばしさ

耳から響く噛んだ時のシャキシャキ音

舌の上で踊るほどよいタコの弾力

脳内に拡がる三つ葉とタコ飯のマリアージュ


それら全てが奇跡のケミをおこしてわたしの五感を歓喜させもっともっと欲しいという欲を呼び起こす。


これは正に

タコ飯のEℓyXiOnやで( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )✨✨✨


ねえ、ドギョンスさん…わたしの食の好みをどこまで把握してるの?( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ )( ꈨຶ ˙̫̮ ꈨຶ ) (彼女いるくせに)


「せっかくだし…ギョンスさんも一緒に食べましょうよ」


おっと。わたしったら。

舌の根も乾かぬうちに目の前にいる天才料理人にすっかり絆されて、勝手な言葉が口をつく。


美味しいご飯は…人を素直にしてしまう効果がある。



「え?いいんですか?じゃ、お言葉に甘えて」


最初からそのつもりだったくせに、ドギョンスさんめっちゃ嬉しそうねw (彼女いるくせに)


鼻歌混じりに炊飯器からタコ飯をよそい、わたしの目の前に遠慮なく座る。(彼女いるくせに)


「本当は僕もこれが食べたかったんです」


鷲掴み山盛りの三つ葉を上に豪快にのせ、いただきますと勢いよく口に箸を運ぶ。(彼女いるくせに)


実は相当お腹空いてたんでしょう?

一口がかなり大きいし豪快な食べっぷりだもん(笑)

「んーっ!美味しい♡」


ズッキューーーーーーーーン💘💘💘༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ༽



…だ…ダメだ。

鋼の鎧は簡単に心から剥がされ完全に元に引き戻されてしまったやないかい。。。(彼女いるくせに)


食卓の上の美味しいご馳走の前に理性は崩壊し

二人の食欲がぶつかり稽古をしながら、いつのまにか笑顔になっていた私たち。


「今日は珍しく眼鏡姿なんですね」

「…普段は眼鏡なんです」

「……へえ(知らなかった)」(彼女いるくせに)


特に盛り上がるわけでもない、たわいもない会話などしてみたりして。


「美味しいものは人を幸せにしますね」

わたしがそんな当たり前のことを口にしたら


「はい…だから僕はあなたを幸せにしたいんです」


ドギョンスさんがこんな風に甘やかしてくるから。(彼女いるくせに)


わたしの痛い勘違いがまた暴走してしまいそうで。

自分の脳内で様々な葛藤が繰り広げられるわけで。


「ああ、もう…限界。ドギョンスさん!わたし、あなたにお話したいことがあります!」


満腹中枢が満たされた瞬間に、次の欲が芽生えたわたし。


「…何でしょうか」


ねえ、本当にわからないの?

そうよね、あなたはいつも無自覚マイペースモンスターだから、こっちの気持ちなんてわかるはずもないよね!


でも……もういい加減にしてほしい!!!

どうせならこの際、全てをハッキリさせたい。

彼女がいるのはほぼ間違いないとしても

もう、いっその事、彼の目の前で、自分のこの気持ちをしっかりと表明して。


きちんと答えをもらいたい。


ダメならダメで、直接、わたしの目を見て、言葉と、態度で、キッパリと断ってほしい。


この恋心を、全力で諦めさせて欲しいのよ!!!!!


「わたし…ドギョンスさんが家政夫さんとしてこのうちに来て下さったこと、本当にありがたく思っています」

「いえ…こちらこそ感謝してます」

「……でも、同時にとても辛いんです」

「辛い?……なぜですか」


一体ドギョンスさんたらどこまで鈍感男なの。(彼女いるくせに)


「それは…あなたが僕を好きになったから…という意味ですか」


「あ…あの…そそ…それは……」


鈍感男だと思った矢先に随分と核心を突いてくるじゃないか!!!⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝ (彼女いるくせに)

ちょっと待って…この展開は想定外だわ…⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝ (彼女いるくせに)

確かに自分から好きだと言おうとは思ってたけど、こうして先を越されるとどう反応したら良いかわからなくなるじゃない⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝⁝(ᵒ̴̶̷᷄൧̑ ᵒ̴̶̷᷅ )⁝ (彼女いるくせに)


落ち着けエリ。

いったん、落ち着こう。

この後、例え玉砕したとしても、悔いはない。

でも、今、わたしに必要なのは《勢い》だわ!!!

彼女がいる人へ告白するんだもん!そうよ!勢いが必要なの!!!

喉乾いたから、とりあえず何か飲もう。

ビール!そうよ!缶ビールを一気に飲み干してから想いを伝えよう。


「一回、たんまで」


勝手にタイムルールを行使して冷蔵庫に向かって扉を開き中に綺麗に並べられた缶ビールを1つ取り出した。


プシュ…


グビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビ


っぷはーーーーーーー!!!!!(๑⁼̴̀д⁼̴́๑)


冷蔵庫の前に立ったまま蓋を開け、一気に冷たい液体を喉に流し込んで。

例えギョンスさんにフラれたとしても、後で死にたいほど落ち込み泣いたとしても。

せめて今日一日仕事を頑張った自分へのご褒美は先に済ませて、己を鼓舞し、勢いをつけた。


「あの…ギョンスさん!!!わ…わたし…ギョンスさんのことがス」


ピーーーーン…ポーーーン…


…え?

こんな時間に…届け物?


いいや、再配達してもらうから!

今はごめんなさい!


「ギョンスさんのことがずっとスk」


ピーーーン…ポーーーン…


わたしの代わりにインターホンの画面を確認しに行ったギョンスさんが落ち着いた声で呟いた。

「…部下の方がお見えのようです」



え?!

ど…どどど…どうしてベクちゃんが?!汗汗汗





三つ巴の奇妙な夜の再来。


私たちの三人の運命が

また大きく動き出す。











続く。