「ねぇ〜早く行こうよ〜」


ベッドで包まった体勢のまま動かない男の隣に、わざと衝撃を与えながらどかっと座る。

「ギョンス、今日は1日付き合ってくれるって言ったよね?あの約束は?早く起きてっ!!!」

一向に反応を見せない男の二の腕に両手をかけてゆさゆさと大きく揺さぶる。

「…うー…待って…もう少しだけ…寝たい…」
「もう6時半だよ?絶対にソアリン乗りたいから7時には家出るよって何度も言ってたでしょ!起ーきーてーっっっ!!!

揺さぶりをさらに大袈裟にすると、やっと目を開けたかと思ったら…

「ん……わかったから……もう……ちょっ……とね?」

口角を一瞬だけ上げて見せてから……またそのまま目を閉じた。

ドギョンス起きろ!!!

バッ!!!!!!

「さ…さむっ……」

毛布を勢いよく引っ剥がしてみると、赤ちゃんのように丸まってるわたしの愛しい旦那様。

「ずっと前から約束してたのに…深夜まで飲んで帰ってくるとかマジ最低なんですけど」

目を開けようとしないギョンスのほっぺを優しくニギニギと摘む。

「…酒の席も…大切な仕事だって…わかるでしょ…」

ギョンスの父親である前社長の後押しもあり、トントン拍子で結婚まで進んだ私たち。
義父が引退し、ギョンスが新社長に就任してからは、仕事仕事で深夜帰宅が当たり前になった。

夢にまでみた社長夫人の座についたはずなのに……最近すごく寂しい。。。

それと、正直認めたくはないけど…。
ドギョンスという男は、釣った魚に餌は与えないタイプであることが、この半年でジワジワわかってきた気がする。

忙し過ぎるギョンスのせいで、新婚旅行の予定も立てられない。
せっかく手の込んだ夕飯を作っても突然帰ってこられなくなることもザラ。
何ヶ月もこんな状態が続いていたけど、今日は、ギョンスのせっかくの休みに合わせて奇跡的にチケットが取れたから超楽しみにしてたのに!!!

レンタル彼氏の時の方が、わたしと一緒にいてくれる時間がずっと多かったじゃない!!!

「…あっそ。わかった。じゃあもういい。そうやっていつまでも寝てれば?わたし一人で行ってくるから。あ、、、また新規のレンタル契約しようかな?会員登録済ませてあるし、ワンクリックだもん。せっかく苦労してチケッティングしたから、若いイケメン手配するわ。どうぞギョンスさんは一日中そうやってゆ〜っくり寝ていてください、では行ってきます!バイバイ!!!」

何よっ!
ギョンスなんて…もう知らないんだから!(怒)


グンっ!!!

……ドサっ

ギョンスから離れようとするわたしの手首が引っ張られたかと思うと、バランスを崩してまたベッドに倒れ込む。

「…何すんっ……んんーーーー」

ハートの唇が、わたしの唇を塞いだ。
「……レンタルはダメ」

長いキスからの解放一番で
独り言のようにそう呟いたギョンス。

わたし、知ってるんだから。
実はヤキモチ妬きのあなたに一番効く方法がこれだって。

「じゃあ、早く起きっ…」

ギューーーーーーーーっ…
「…………いい?」

胸の中にわたしを無理やり閉じ込めて、
やっと目を開けたかと思ったら、合意を求める男。

「…時間…ない…のに…」

この体勢から逃れることは100%不可能だとわかってるけど、わざと抵抗してみせるわたし。

「…イヤなの?」
「………イヤ」

…なわけないじゃん…。
ギョンスに組み敷かれると、パブロフの犬のようにわたしが涎を垂らし始めること…知ってるくせに。。。

ふんわりと微笑みながら、わたしを天国へ連れて行こうとするズルい男。

この後…夢の国が待ってるのに…
ギョンスの連れて行ってくれるいつもの天国が……一番…最高なんだけどさ………。






ガラガラ……

「…エリ、早く服着て」

気怠く天国を漂うわたしの横でさっさと起き上がりクローゼットから服を選んでる旦那様。

これこそ、男の"賢者タイム"を痛感させられる瞬間。

「ねえ…ギョンスは…なんでそんなすぐに切り替えられるの?」

逆にベッドから出られなくなったわたしが聞いたら。

「……男だから(笑)」

って、笑うんだもん。
本当…ズルい男…。。。


「…早くしないとソアリン乗れなくなるよ?」

得意げにそう言って、わたしのほっぺを優しく摘むギョンスの指。

「…意地悪!!!」
「ほら?早く起きな」

ゆっくりとわたしを抱き起こして、おでこにキスをしてくれる。

いつの間にか形勢逆転していたりするのは、ギョンスと暮らしていると、よくあること。

「ね、ギョンス。お揃いのトレーナー着よ❤︎これ、買ったんだ〜」
「…いや、いい」
「は?ギョンスはこの黒で、わたしはこの白…」
「…あんまり着たくない」
「え?こんなに可愛いのに?」

「……僕のスタイルじゃない」

頭をふりふりして、全否定。

…始まりましたよ、ドギョンスのいつものやつ。
こうなったらテコでも動かないやつ。
ま、わかってたことだけど。
大してオシャレさんでもないくせに、どうして、ここまで他人から指図されるのを嫌がるんだろ。

さすが、企業のトップに昇り詰めるだけあるわ…。

「それは、家で着るから。エリも、いつものカッコしなよ。」

…このミッキーマウスのお揃のトレーナーは…残念ながら部屋着に降格です。。。

…ギョンスの趣味じゃなかったのね…。
本当に、自分に嘘がつけない正直な人だよねドギョンスって。

レンタル彼氏時代からわかってはいたけど、好き嫌いがはっきりし過ぎてる。

まぁ、そんなところが好きなんだけど♡

「お待たせ♡行こうか…え?ギョンスなんか荷物多くない?」
「…いつも通りだけど」

背中のリュックがかなりパンパンに見えるけど…。まぁ、いっか。



「…エリ、着いたよ、起きて」

目を覚ますとそこはパークの駐車場だった。

「ごめん…寝ちゃったw」
「エリはいつもそうだよね」

車の助手席に座ると、安心、安全、正確なドライビングテクがもたらす最高の乗り心地に、ついつい居眠りをしてしまう。

少しだけ不機嫌な顔をした旦那様に

「…怒った?」
と聞いたら
「ポッポで許してあげる」

となぜか甘えられて、心臓がキュン❤︎と高鳴って。

運転席に座るギョンスの首に手を回して、唇をゆっくり重ねたら。

舌をゆっくりと絡ませてきたそれは、全然"ポッポ"なんかじゃなくて。
車の中で深いディープキスをしてくるなんて…。

予想外の展開に、大きく目を見開いたままのわたしの唇をやっと解放したギョンスが。

「…今のうちに、思う存分しとこうと思って(笑)」

って笑ったけど。
そんな風にされたわたしのカラダは疼きまくるわけで。

「さ、行こ」

ノリノリなギョンスに、蛇の生殺しの気分で後を追った。

大行列の末に入場ゲートをくぐり、やっとインパすると。
「わぁ…意外と混んでるんだな…」

あまりの人の多さに、ギョンスが目を丸くしている横で、わたしはスマホで、ソアリンのスタンバイパスを取る。

「ほら〜ぁ、今からだと夜遅い時間になっちゃった…。やっぱりもっと早く来れば良かったなぁ」
「誰のせい?(笑)」
「…ギョンスのせいだしっ///」

「まあ、遅くても乗れるんだから、そんなプリプリしないで楽しもうよ。何から乗ろうか?タワーオブテラー?」

「…レイジングスピリッツがいい」
「…え…アレ回るやつじゃん…しょっぱなにアレは怖いよ…」
「絶対レイジングスピリッツがいい!」

「…わかったよ(汗)」

「あと、ちゃんと恋人繋ぎして」
宙ぶらりんのままの寂しい右手をギョンスの前に差し出すと
「ははは…レンタル彼氏に戻ったみたいだな」
少し照れながら、遠慮がちに指を絡めてくる旦那様。
「たまにはいいじゃん…大勢の前で恋人同士みたいに振る舞ったって」

社長夫人になると、パーティーやら会合やらの同伴としてギョンスに付き添うことは数多くあれど、夫の半歩後ろを金魚の糞のようにくっついて周り、ニコニコお上品な笑顔でお辞儀をしまくるだけ。

今となれば、堂々とお互いの腰に手を回したり、手を繋いで外を歩くことは、レンタル彼氏時代だけの貴重なオプションだった。

「…エリもしかして、ずっと我慢してた?可愛いな(笑)」
ふふふと照れてるギョンス。

「ギョンスと結婚してから我慢しかしてないもん!!!(๑ ー̀εー́ ๑)」

「え?そうだったの?(笑)じゃあ、今日は一日、エリに大人しく従うよ

「だったらレンタル彼氏じゃなくて執事ね」
「執事w承知しましたエリお嬢様」
「…それでよろしい。では、ドギョンス執事、早速、あの餃子ドッグを買って参れ。空腹なのじゃ」

「言葉遣いがテキトーw…かしこまりました嬪宮wwwwww」

…嬪宮も…悪くないか(笑)

ギョンスと結婚してから…喧嘩になったことは一度もない。

なんだかんだで、最後にはギョンスがこうやってちゃんとわたしを甘やかしてくれるから。
「嬪宮、大変お待たせいたしました。餃子ドッグでございます」
「遅すぎるぞ、ドギョンス内官。レイジングスピリッツのスタンバイが大行列になってしまったではないか。どうしてくれるのだ。」

キャラ設定が執事から内官に変更された旦那との嬪宮ごっこは続く。

「…え…これ食べて…アレ乗るの?」

「ん?当たり前であろう。早く並ぶぞ、ド内官」
「…えー…出ちゃいそう…」
「ちょっと!もうキャラ設定忘れてない?」
「あぁ…、そうだ。胃の中のものが全て出てしまいそうでございます、嬪宮」
「かまわぬ、かまわぬ」
「…エリw」
「列に並ぶぞ、ド内官。早くしろ」
「……」

いちいち設定から外れがちなギョンスに、偉そうに振る舞うのが快感になってきた頃。

「…もしかしてギョンス?」


背後から、人の旦那を呼び捨てにする女の馴れ馴れしい声がして、ギョンスがすぐに反応したのを確認し、そっちをギロっと睨みつけると…。

……あっ(汗汗汗)

「…エリさんも…お久しぶりです」

そこには菜々緒がいて、私たちを訝しげな目で見つめてくるのだった。


ギョンスは遠くに意識を飛ばしたかのようにどこか一点を見つめて固まっている。







夢の国で、再びホラーが始まりました。










続く。