「…………ついてきてほしい」


真顔のギョンスが言った。


湯気の向こうで、わたしからの返事を待つその顔は、何か思い詰めているように見えた。

自分の夢と…わたしとの未来のために。
ギョンちゃんのことだから、何が最善かを
ひとりでたくさん考えてたんだね。

でも結局…最後は……こうして…わたしを絶対に甘やかすから。
ギョンちゃんの…そういうとこが…いつもわたしをダメにさせるんだ…。

「…のぼせそうだから…出よう?」
湯船から上がると、当然のように、シャワーをかけてくれて。
自分が拭くより先に、バスタオルでわたしのカラダを拭き始めるギョンス。

そう…一緒に暮らしていた頃のギョンちゃんは、いつもこうやってわたしを甘やかしてくれたよね。

ブロー…
ブロロロロー……

当たり前のように、こうやってドライヤーも丁寧にかけてくれて。

ギョンスの細くてひんやりする指先が
わたしの髪に絡みついたり頭皮に触れる。

鏡越しのギョンスは、とても穏やかな顔をしていて。
きっと…こうして世話をすることで…幸せを感じてくれてるんだよね。

わたしは世界で一番幸せなお姫様だ。

……でも。

「ギョンちゃん…ありがとう。……わたし…ついて行かない…」 
 
これじゃ、いつまでもギョンスの足枷だもん。

「え…」


ブロロロロカチッ


ドライヤーのスイッチを切って、鏡越しにわたしを見たギョンス。


「…ギョンちゃんのことが大好きだから」

「だったら一緒に…」

「邪魔したくないの」

「……」

「だから、ちゃんと一人で生活しながら…ここで待ってる

「……エリは…それで寂しくないの…」

指でゆっくりとわたしの髪を梳くギョンスに

心が落ち着く。


「わたしは、、、夢に挑戦するカッコイイ男ドギョンスの1番の味方だから!」

あ…やっと笑った。

あなたには…いつもそうやって、笑顔でいてほしいから。。。


「何があっても…ギョンスの1番の理解者でいる!」
「…エリは…相変わらず強がりだな…」

後頭部を優しくポンポンとされたら。
たまらずに本音が溢れ落ちる。

「……本当は…ギョンちゃんがいないと…死ぬほど寂しい…でも…これが…わたしがギョンちゃんのために出来る…精一杯だから…」

「…ありがとう……ごめん…


後ろから抱き締められて、たくさんのキスが降り注ぐ。

ギョンスの首に腕を回して強くしがみついたら、お姫様抱っこで持ち上げられて、そのまま寝室に連れていかれて。


《エリ…愛してる》

窓の外が明るくなるまで

何度も何度も愛を繰り返すギョンス。

カラダに深く刻み込まれたこの愛は

永遠にわたしを縛る、解けない魔法だ。


少しだけ眠りたいと言ったギョンス。

愛おしいその背中に堪らずに強く抱きつき

『『『お願いだから行かないで』』』

今にも溢れ出しそうな言葉を、ゴクリと飲み込んだ。


ギョンちゃんの匂いと温もり。。。

大好きなんだよ…今でもこれが。


背中越しに巻きつけたわたしの腕を、ギョンスがぐっと掴んでくれる。

言葉にしなくても通じ合う。


愛しくて 幸せで

それでいて

切なくて 寂しくて


ギョンスと一緒にいられるこの時間が

永遠に続けばいいと心から願った。





「じゃあ…行ってくる。毎日電話する」

「しないで。余計に…逢いたくなるから」

「……わかった。出来る限り…我慢する」


一度だけわたしを強く抱きしめてから。うん、と頷き、黒のキャリーを転がし颯爽と歩き出すギョンス。


その後ろ姿はとても逞しくて。愛おしくて。

今すぐにでも追いかけて抱きつきたい衝動に駆られたけど、、、グッと堪えた。


単身渡米を決めたギョンスは、すぐに

宿舎から、わたしの家に帰ってきてくれて。

今日、旅立つこの瞬間まで、寸分の時間を惜しむように愛情を持ってわたしの隣にいてくれた。


少し離れて暮らすだけ。

直ぐに戻ってくる。

これは…別れではない。

大丈夫、、、大丈夫だから。

美味しいものを食べながら、たくさん笑って、元気に楽しく過ごしていてね。


幾度となくわたしにそう言い聞かせながら

ギョンスは自分にも言い聞かせていたのかもしれない。

帰りのタクシーの中で、そんなことを考えてたら、あっという間に家に着いた。



ギョンスのいない、がらんどうの家。


リビングテーブルの上に、見慣れない封筒が置いてあるのを発見した。


え?ギョンちゃん…忘れ物?


慌てて中を確認すると。

手紙とキーが入っていた。


なに…これ……。

ギョンちゃん……やっぱ……ズルい……。

大好き……。。。








ピーーンポーーーン

ピーーンポーーーン


深夜。


夢と現実の狭間でチャイムが鳴る音がした。


例え安全保障がばっちりの新居だとしても。

インターホン越しにマスクと帽子の怪しい男をしっかりと確認した。


「合言葉」

「元気が一番大事です」

「ok」

「早く逢いたくて…1日前倒しで帰ってきた…」


合言葉と顔を無事認証し、ロック解除。


アイゴヤー…センスいいなー…上手くやったなぁ…エリ。僕たちの新居チェゴ(最高)だ!」


玄関に入るなりそう言ってわたしを抱き締めるギョンスは、大好きないつもの匂いがした。


「ギョンちゃん…そんなことより…早く抱いて?」

「エリのえっ ち(笑)」


カラダを重ねて心を重ねて

ミルフィーユのように愛が積み重なって

未来永劫の愛を誓い合う。


「あ、そうだ。明日…メンバーがお帰りなさい会したいって…ここの新居祝いも兼ねて」

「へっ?嘘でしょ?!」

「本当(笑)」


愛し合った後、すぐにこんな突拍子も無いことを言い出すギョンスを受け入れることも、大切なことなのです。




「あっ!あなたが…ギョンスが惚れ込んでチャニョルから奪ったという噂のエリさん!昔からずっと会ってみたかったんです!」

「スホヒョン…やめて…エリに近寄らないで…」



「エリちゃんなんで俺に会いに来てくれなかったの?コイツがいない時こそビッグチャンスだったのに!」

「チャニョル邪魔だ!どけ!エリさん、また綺麗になったね?」


「お前ら…いい加減にしろ…」


必死に敵(?)の動きを阻止しようとするギョンちゃんがいちいち可愛い過ぎます。



「ギョンスヤー!お帰りー!!!カンパーイ!!!」

メンバーみんなでこうして再会を喜び合う。


こんな幸せそうなギョンちゃんの顔は、久しぶりに見た気がする。



メンバーたちが嵐のように去った後は、散らかった部屋と静けさだけが目の前に広がっていて。

文句も言わず、部屋を片付け、黙々と食器を予備洗いをするギョンスの隣で、わたしは食洗機にそれらを上手く収めていく。


「エリ新婚旅行はハワイだから」


突然なに?

まだプロポーズもされてないのに。


「また勝手に決めてたのギョンちゃん?」

「…うん。子供の数も決めてる」




あの日

あの時

あの場所で


あんなカタチで私たちが出逢ったのは


決して神様の悪戯なんかではなく

全ては神様の粋なご褒美だったのかもしれない。


例え何度離れても、また巡り逢い磁石のように惹かれ合う私たち。

再会する度に、さらに絆が強くなって

きっと死ぬまで離れられない運命なんだ。


これが愛の魔法にかかってしまった男と女の幸せな物語の結末だと、今はそう信じたい。


最後の瞬間が訪れるその時まで

お互いから目をそらさず

永遠に解けない愛の魔法をかけ続けていこう。













【完】