えー……本日は、お忙しい中、
故・学歴様の国家葬儀にご参列いただき、誠にありがとうございます。
喪主を務めます、私、「偏差値」でございます。
 
私と故人とは──そうですね、非常に長い付き合いでした。
彼が“権威”をまとえば、私はその“数値”を添え、
彼が“選抜”を掲げれば、私は“線引き”を担当してまいりました。
 
この場を借りて、皆さまにお詫びとご報告がございます。
 
私、「偏差値」は──
その計算式を、説明できる人がほとんどいないまま社会に浸透しておりました。
正規分布はおろか、標準偏差すら理解していない国民が、したり顔で私の数値を語る社会
……それをつくった張本人が、この私です。
 
私が登場するだけで、
家庭では親子喧嘩が起き、
学校では進路指導が白熱し、
塾では講師が声を張り、
SNSでは、なぜか誰かがマウントを取り始める。
 
私は──
人を測る“モノサシ”のフリをしながら、
人を煽る“火種”として、長らく機能してしまっていたのです。
 
もちろん、私なりに精一杯やってきたつもりでした。
「客観的な評価が必要だ」と誰かが言えば、
私はいつも、「数字」という最も簡単な“道具”を差し出してきました。
 
学歴様。
あなたとともに、多くの人を序列に並べ、
安心させ、競争させ、そして……絶望もさせてしまいました。
 
けれども、時代は変わります。
 
国立教育ネットワーク大学体──この制度が、日本の高等教育をひとつにつなぎます。
東京大学から国際信州学院大学まで全ての大学は1つに統合され、
ブランドも偏差値も、すべては無に帰します。
 
これから必要とされるのは、
「どこに入ったか」ではなく、
「何を、どこまで、どう学んだか」。
 
偏差値という名のモノサシは、本日をもって役割を終え、
これからは、一人ひとりの学びが“地図”となる時代へと向かいます。
 
本日は、誠にありがとうございました。
これより私も、静かに幕を引きます。
 
そして皆さまには、どうか──
自由な学びの未来が訪れますように。
 
合掌。

 

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