一瞬にして
この世のモノを無にする

暗鬼な想いが
頭を過ることが無い
という人はどれほどいるのだろう

行為までに行かずしても
無にすることを望む瞬間
そのことに覚えがある人も多いと思う

私も例外ではない

原子レベルの連鎖式爆発が起きれば
地球上の全てが無になる
それは 犯罪であり 犯罪でなくなる

無になれば
自分も他人も無い
人類の文化も歴史も無い
単に時が流れる無の世界となる

まぁ~
実際に遂行までは考えない
というのが 一般的な思考だろう

今回の無差別殺人
波紋は 大きく衝撃的である

彼は
弱かったの一言に尽きる

格好悪く生きる根性も無く
孤独に生きる勇気も無い

だから
大きなコトをやり
注目を集め
道連れ的感情で
多くの人を犠牲にした

そういう事件である

自分という人生の終わりは
全ての終わりである故に
その後など関係無いのである

人との繋がりが感じられず
自己の現状を受け入れない
そんな存在となれば
彼のように誰でもがなり得るのである

繋がりが無く
遠く 離れると
人は モノとなる

例えば
知人であれば
情というモノがある

街行く人々は
人でありながら
単に障害物に過ぎなくなる

ビルの上から
街を見下ろせば
人は 単なる点となる

もっと上空から見れば
人が存在する影も見えない

この実際の距離と
その対象物への感情は
比例し薄れるモノである

それが 実際の距離ではなく
心の感情というモノの距離とすれば
彼のような考えは 想像できる

これは 決して
容認するということではないが
想像できる 有り得る思考ということである

何年も逢えなくとも
心という部分で繋がりを感じていれば
孤独感というモノは薄れる

彼には 心が繋がるモノが
無かったのだろう

その孤独を正当化する為に
自分は 演じているとしたのである

演じている虚偽の自分だから
皆に距離が合っても
それは 自分を否定するモノでは無い
そういう論理が彼の中にあったのだろう

っが もう一方で
自分を否定していたのである
本当の自分は
繋がりを求め 孤独に恐怖していた

それは 彼の中で
日常化していた思いであり
其れ故に これほどの惨い殺人を
数日前より冷静に企て実行できたのである

便利を追求する世界は
より個となり
自分の尺度で物事を考える

しかし 人は感情の動物
感情とは
ふれ合い無しに満たされない

この相反することを
人類は どう結びつけるのか

その解決無しに
文明は発展する程
規制という檻の中で暮らし
孤独に怯え続けることになる

便利は ストレスを生む
経済第一主義は ストレスを生む
日本が向かっているモノは
ストレスの渦の中にある

っで あるのなら
強い心というモノを持つ他に無い

強い心とは
現状を受け入れる勇気というモノだろう

一先ず 足を止めて
それから また歩き出せば良い