これで自由だ
この日を
どれだけ待ちわびただろうか

すべて
これで終わり
やったー!!


のハズがっ!!!

時効の殺人者に
賠償命令

この裁判
『正義と平等に反する』
ということで
民事は 時効成らずとの判決

このニュースを耳にした時
私には違和感があった

殺人の時効と葬儀の権利を奪った時効
その重さは
葬儀の権利を奪った方が
上ということなのだろうか?

逆なら違和感は無い
民事では時効でも
罪の重い殺人は
時効じゃないというなら

そもそも 私は
殺人に対して
『時効』というモノが
存在する自体理解できない

『時効』は何故存在するのか?

『長い時間の経過によって証拠が散逸していること』
『犯人が 長い時間
良心の呵責と後悔の念をもって生活してきた為
実際の罰を受けたのと同じ状態にある』
という2点

やはり 理解出来ない

例えば 今回の件で見てみると
とてもその2点に該当するとは想えない

まず 自首であるが
自宅が 道路拡張の区画整備に
そうなると自宅の床下の遺体がバレる
時効を計算し 立ち退きに反対し続け
時効時に自首している

時効成立までの15年間
彼は 要塞のような自宅で暮らしており
近所への傍若無人な振る舞いを繰り返している

自首した後
遺族への謝罪の言葉も無い
事件の経緯もまともに説明していない

こんな彼が
良心の呵責や後悔の念を持って
暮らしていたなどと言えるだろうか?

とても遺族が納得するモノではない

そもそも
『時効』など要らないのではないか?
特に殺人に於いては
『時効』を撤廃すべきと想う

殺人に至る経緯というモノがあるが
相当な理由ではない限り
私は 一人だろうが 死刑であると想う

罪を償うということは
同等の代価で償うべきだろう

であるなら
最大の権利である『生きる権利』を
自分のエゴで奪った以上
その人の『生きる権利』を持って
償うべきだろう

それが 15年という
長い時間とは言い難い尺で終わりとは
『逃げ得』の何モノでも無い

その人の周りに暮らす人は
新たな恐怖と共に生活することになる

今回の裁判での
『正義と平等』を持って考えれば
『時効』自体が
とても『正義と平等』とは言えない

そもそも
『良心の呵責や後悔の念』があるなら
その時点で自首しているハズなのだから