そうだ...
おしまいにしよう...

何も無い
それで良いんだ...

無の世界に
喜びも無いけど...
苦しみも無いから...

私さえ
消えてしまえば...
全てが終わるのだから...

1998年より
自殺者が急増
社会問題となってから
9年となる

自殺理由は様々
複合的に絡み合う問題

私も 自殺は
その人の環境と想っていた

しかし
それは引き金に過ぎず
日本人の心に宿るモノが
大きく関わっていたのだ

そう見解を
この度 WHOが出した

日本人ではない
外国から見た日本人の自殺

そこから見えるモノ
それは 古くから受け継がれし
日本の心だった

外国には無い
日本独特の心
美徳+自己犠牲愛

私が 罪を被ろう...
私さえ 消えれば...
迷惑を欠けたく無い...
施しを受けたく無い...

ある意味美しい日本の心
その裏には
自殺へと手招きする心
となる危険性があったのだ...

全く そのコトだけとは言わないが
日本人の自殺思考の特色としている

映画の世界を見れば
確かに 日本は独特かも知れない

有名なとこで
『アルマゲドン』
エンディングが
米国向けと日本向けがある

米国向けは
爆発させる為に残ったはずが
何故か? 地球に無事戻ってくる

日本向けは
爆発させる為に残り
地球を守る為死すのである

どちらに共感するか
日本は 自己犠牲に共感する
何か残るモノを漠然と理解する

全ては表裏一体というが
まさに この心は
利と害が共存しているのだろう

利に成るか
害に成るか

利に成れば 共存と成り
害になれば 自滅となる

害があるから
日本の心を捨てるのは間違いだろう

全てはバランスにある
利の効果を出せる社会
日本独自の社会をつくるべきである

それは『和』
というモノではないだろうか

その『和』が
昨今 崩壊しつつある

利へと導くモノが消え去れば
それは 害と成るのは必然

もし 完全に崩壊したら
その時は
害へと傾れ込むか
日本の心を捨てなければ成らない

日本の心を捨てない為には
完全崩壊する前に
『和』をまんまるに戻すこと

ひとりでは できないこと
ひとりでは 小さなこと
でも ひとりでも多く意識することが必要

国は 毎年自殺対策に
何億もの予算を付けているが
根本は『和』であるならば
国では無く 人である

という私は
年賀状すら出さない
当然 今年も誰一人として出さない

カタチの繋がりなど
私は どうでも良い

カタチに拘る人程
実の部分を軽視する
その穴埋めにカタチを求めている

本当の『和』
それは カタチではなく想い

だから 『和』は
ひとり一人の中にある

壊すも 保つも
自分次第

その集合体が
社会であり 国である