次から次へと
食品の偽装問題噴出

賞味期限表示なんだけど
あれ 辞めたらって想う

まぁ~
製造年月日は必要だけど
賞味期限って本当に必要なの?

本来
賞味期限というものは
味と品質の期限

味はともかく
品質は確かに目安が必要だろう

しかし
食品業界の現状に問題がある

バイヤーが
本来の賞味期限より短く
という要望がある

何故か

賞味期限が長い場合
売り場の回転率が悪い
そういうことを気にして
バイヤーは
賞味期限を短くと考えるのだ

何故回転率が悪いのか

それは
購入者の意識として
少しでも新鮮なモノを選択する

商品が並べてある
その賞味期限を見て
選び購入する人が多いのだ

よって 生産者は
必要以上に短い期限を表記する

このことで
返品の再利用ということに
罪の意識が薄いのだろう

だって
本来は食することに
問題無いのだから

昨今
『勿体ない』という言葉を
再認識しようという動きがあるが
賞味期限は勿体ないのではないだろうか

実際 偽装されたモノを
旨いと食べていたのだし
食あたりなどの報告も無いのだから
危なくないし 味も良いのだろう

だとしたら
賞味期限の意味と違う
表記となっていると言える

意味の無い表記に
消費者が振り回されていると言える

意味無い表記で
返品されたモノは
ルール上再利用ができず
廃棄処分ということになる
実に 勿体ないのでは?

確かに 食の
グローバリゼーションという意味では
賞味期限が 一般的な諸外国だから
揃えることも必要だろう

なら
国内と輸出と表記を
変えてはどうだろう

国内だけの販売の企業に
グローバリゼーションなど関係無い
その国に合ったモノであれば良い
そうは成らないのだろうか

昨日
回転寿しを食べた

私は
回転寿しに行くと
違和感が有る

流れる寿司を食べず
注文して食してる光景に
回転寿しなんだから
回転してるのを食すべき

などという
どうでもいい違和感を持ってしまう

ってことで
いくら待っても来ないモノ以外は
流れているモノを食する

うん 旨い旨い
ご満悦 ご満悦

甘エビを口にした瞬間
舌に伝わるシャリの違和感...
ヤベッ...しまった...

そう この甘エビ
何周もしていたのだろう...
シャリもネタも表面が乾いていた...
まずい...

すかさず
ティッシュに...

あれ?
これってどうなの?

この何周もまわっていた甘エビ
まずい甘エビ...
旨い→回る→風を受ける→表面が乾く→まずい
味が旨く無く成ったということ
味が変わったということ
まさに 賞味期限が過ぎたモノ

これは いいんだ
賞味期限記載義務が無いから...

回転寿しは 基本
皿を持ったら 戻すのは御法度

生産者が消費者に
味までも責任義務がある
とされる賞味期限記載義務を
課す同じ国でありながら
保証しなくても良いモノも存在する
そういうことになる

よく見れば分かること
乾いてる感が見える...

昨日は 手でなく
箸で食してしまった...
客人との食事だった為...

選別が甘かった...
あまりじっくり見るよりも
客人との会話を重視してしまった...
普通に鮨やにいくべきだったか...

本来の私なら
絶対に手を出さないモノを...

そう 本来人は自己判断能力がある
匂いやちょっと口に含んだ瞬間の違和感
そういう微妙な感覚で判断できるモノ

その感覚が
すべての情報提供により
麻痺してるのだはないか?
その能力が消えているのではないか?

ここまで親切にしなくても
人は判断できるだろう

あまりにも人を過保護にする
過保護な環境は
人間の能力を低下させているのではないか?

っで それの何処が問題?
能力が低下しようが
安心安全に暮らすことが出来れば
それで良いだろう

そう言われれば...
それはそうなのかも知れない...

っが しかし
なんとも違和感がある
考え過ぎ?

すべてが
機械的な暮らしでも
良いのだろうか?

よく分からないなぁ~
ん~...

まぁ~
お腹の弱い私は
こう言いながらも
賞味期限切れは食さないけどねっ

言っていることと違うじゃん!!
という声が聞こえてきそう...

だって
お腹痛くなっちゃうんだもの
う~う~ってうなっちゃうんだもの

こんなお腹の弱い私でも
別に そこまで過保護でなくてもって想う

というか お腹弱いから
賞味期限が記載されてれば
危険回避ということを
大丈夫なのだろうけど
気分的に避けてしまうんだなぁ~これが...

だから 尚のこと
賞味期限要らないと想う

消費者団体もあまりにって感じある
これもあれも表記表記
どこまで表記すれば良いの?
果たして 表記は絶対的なモノなの?
自己判断力の無さをすべて生産者の責任って...
どうも違和感がある