自分の居場所...
周りに人は居ながらも
自分の周りだけが
静寂に包まれている世界...
居場所の無い世界...
昨日
『テージセー 1461日の記憶』
というドキュメントを見た
定時制学校
いわゆる
落ちこぼれ
問題児である
問題児
その言葉...
適切な言葉なのだろうか?
問題児になる発端は何?
それが 分かれば
その言葉が適切か分かる
いろんな要素があるだろう
虐められたから 逆に強く見せたい
誰も守ってくれなかったから
誰も信じられない 信じたくない
などいろいろだろうが
用は 繋がりである
人との繋がり
それが途切れた時に孤独となる
孤独を怖がる
怖がるから
孤独ではないと言いたいのだろう
ココに居ると言いたいのだろう
人との繋がりが
本当に嫌なら
目立たないようにするはず
なのに
目立つ格好をする
目立つ行動をする
言い換えれば
心が 弱いとも言え
心が ピュアとも言える
私のように
人に期待をしなければ
期待ハズレということもない
私は 問題児と呼ばれたこともある
何度か...
暴力とか犯罪まがいというモノでは無い
まっ 問題児というか
教師から嫌われていた
と言った方が正しいだろう
何故?
当時 自分なりの答えは
まっ 素直ではないと...
最悪は
ある教師 次の赴任先で
私に関する嘘の噂を流したのだ
ある学校の女子と私が付合っているという
それは スイミングクラブで出会い
私との交際が
彼女の受験の邪魔になっているというもの
しかも
何か 私はとんでもない
不良生徒として登場している
その学校の生徒指導へ耳に入る
その生徒指導は
私の父の友達だった
すぐに
私の家に連絡が
そして その嘘の話を聞いた
まっ 根の葉も無い話
すぐに誤解は解けた
第一
私は スイミングクラブ
行った事すら無いのだから
その嘘かなりの範囲に
広がっていたようで
その子に好意を持った奴から
夜の公園に呼び出し
相手は 8人...
話が分かる相手だったから良かったものの
そうでなければ...
そこまで恨まれるのは何故?
当時は
特に気にしなかった
その教師に興味も無いし
相手がどう自分を想うかなどにも関心が無い
教師など信用するものでもない
そう想っていたので
何も 怒りすら感じなかった
っで
昨日 その話になり
改めて 親に何でだろう?
と聞いてみた
その教師は音楽教師
私の兄のクラスを纏めることができず
当時 同じ学校に赴任していた
私の叔母にクラスを渡した
その結果 男子もちゃんと唱うようになった
そのことが妬みと恨みになったという...
実は
私の叔母がクラスを
纏めていた訳では無い
単に力技
唱わないと帰さない
だから しょうがなく唱ったに過ぎない
纏めるとは とど遠いモノ
しかし
その教師は その事を知らず
恨んだというのだ
!
あれ?
俺 悪く無いし...
っていうか...
俺 関係ないし...
とばっちり...
まっ
人間などそんなモンだ
教師は特に
人の人生など関係無い
学校に居る間
問題なければ良いだけ
そうでしかないのだ
教師というものは
自分が悪い訳でもないのに...
っが そんな奴がいるのが
この世の中...
そう割り切っていた私
だから 問題児とされても
社会に出た時が人生の勝負
学校など就職する為に
通過するだけの存在
そう考えている捻くれモン
しかし
捻くれモンだったから
良かったのだろう
捻くれなくて(?あれ)
捻くれモンが 捻くれて
普通になったのか?
捻くれモンなければ
どうなっていたのだろう?
TVに映った子たちのように
社会に溶け込めない状態に
なっていたのかも知れない
心が ピュアな分
人を信じたい分
大きく落胆するものだろう
その表現が
特攻服を着て
虚勢を張ってしまう
悪いことをすることで
自分の存在を確かめるのだろう
ということは
その子たちは
問題児ではないと言える
心が ピュアなのだから
番組の舞台である定時制高校は
本来の学校の目的
勉学を学び 社会性を養う
そういう場所ではない
子たちの『居場所』
となることを理念としている
教育の仕方に
些か異論はあったが
問題提議としては
なかなか良い素材と言える
押し付けられる価値観
それが 教育現場の実態である
これは 今に始まった訳では無く
昔からあったモノ
子は 子の価値観がある
その価値観を認める
その上での指導でなければならない
それが 信頼というモノである
教師の言う事を
聞かないことを問題視するが
本当の問題は
信頼関係を築けないことにある
それは
子たちが
教師を拒絶してるのではなく
教師たちが
子たちを蔑んでいるからにある
教師たちが
子を拒絶しているのだ
人として接しない
あくまでも
上下関係を構築しようとしている
上下関係は
信頼と共にあるモノ
表面的な呼び方の上下関係など
全く 意味を成さない
それどころか
反発心を増大させるモノだ
そのことに
多くの教師が気が付くことを願う
基本的に
今の子たちは陰湿だとか言うが
子たちの中にある
人の繋がりの理想形は
今も昔も変わっていないはず
人との触れ合いが少ない分
理想と現実違いに大きく落胆するのだ
社会そして 企業は
綺麗ごとでは済まない...
結構 ドロドロしている...
だから せめて 教育現場は綺麗ごと
理想が通る世界であって欲しいモノだ
周りに人は居ながらも
自分の周りだけが
静寂に包まれている世界...
居場所の無い世界...
昨日
『テージセー 1461日の記憶』
というドキュメントを見た
定時制学校
いわゆる
落ちこぼれ
問題児である
問題児
その言葉...
適切な言葉なのだろうか?
問題児になる発端は何?
それが 分かれば
その言葉が適切か分かる
いろんな要素があるだろう
虐められたから 逆に強く見せたい
誰も守ってくれなかったから
誰も信じられない 信じたくない
などいろいろだろうが
用は 繋がりである
人との繋がり
それが途切れた時に孤独となる
孤独を怖がる
怖がるから
孤独ではないと言いたいのだろう
ココに居ると言いたいのだろう
人との繋がりが
本当に嫌なら
目立たないようにするはず
なのに
目立つ格好をする
目立つ行動をする
言い換えれば
心が 弱いとも言え
心が ピュアとも言える
私のように
人に期待をしなければ
期待ハズレということもない
私は 問題児と呼ばれたこともある
何度か...
暴力とか犯罪まがいというモノでは無い
まっ 問題児というか
教師から嫌われていた
と言った方が正しいだろう
何故?
当時 自分なりの答えは
まっ 素直ではないと...
最悪は
ある教師 次の赴任先で
私に関する嘘の噂を流したのだ
ある学校の女子と私が付合っているという
それは スイミングクラブで出会い
私との交際が
彼女の受験の邪魔になっているというもの
しかも
何か 私はとんでもない
不良生徒として登場している
その学校の生徒指導へ耳に入る
その生徒指導は
私の父の友達だった
すぐに
私の家に連絡が
そして その嘘の話を聞いた
まっ 根の葉も無い話
すぐに誤解は解けた
第一
私は スイミングクラブ
行った事すら無いのだから
その嘘かなりの範囲に
広がっていたようで
その子に好意を持った奴から
夜の公園に呼び出し
相手は 8人...
話が分かる相手だったから良かったものの
そうでなければ...
そこまで恨まれるのは何故?
当時は
特に気にしなかった
その教師に興味も無いし
相手がどう自分を想うかなどにも関心が無い
教師など信用するものでもない
そう想っていたので
何も 怒りすら感じなかった
っで
昨日 その話になり
改めて 親に何でだろう?
と聞いてみた
その教師は音楽教師
私の兄のクラスを纏めることができず
当時 同じ学校に赴任していた
私の叔母にクラスを渡した
その結果 男子もちゃんと唱うようになった
そのことが妬みと恨みになったという...
実は
私の叔母がクラスを
纏めていた訳では無い
単に力技
唱わないと帰さない
だから しょうがなく唱ったに過ぎない
纏めるとは とど遠いモノ
しかし
その教師は その事を知らず
恨んだというのだ
!
あれ?
俺 悪く無いし...
っていうか...
俺 関係ないし...
とばっちり...
まっ
人間などそんなモンだ
教師は特に
人の人生など関係無い
学校に居る間
問題なければ良いだけ
そうでしかないのだ
教師というものは
自分が悪い訳でもないのに...
っが そんな奴がいるのが
この世の中...
そう割り切っていた私
だから 問題児とされても
社会に出た時が人生の勝負
学校など就職する為に
通過するだけの存在
そう考えている捻くれモン
しかし
捻くれモンだったから
良かったのだろう
捻くれなくて(?あれ)
捻くれモンが 捻くれて
普通になったのか?
捻くれモンなければ
どうなっていたのだろう?
TVに映った子たちのように
社会に溶け込めない状態に
なっていたのかも知れない
心が ピュアな分
人を信じたい分
大きく落胆するものだろう
その表現が
特攻服を着て
虚勢を張ってしまう
悪いことをすることで
自分の存在を確かめるのだろう
ということは
その子たちは
問題児ではないと言える
心が ピュアなのだから
番組の舞台である定時制高校は
本来の学校の目的
勉学を学び 社会性を養う
そういう場所ではない
子たちの『居場所』
となることを理念としている
教育の仕方に
些か異論はあったが
問題提議としては
なかなか良い素材と言える
押し付けられる価値観
それが 教育現場の実態である
これは 今に始まった訳では無く
昔からあったモノ
子は 子の価値観がある
その価値観を認める
その上での指導でなければならない
それが 信頼というモノである
教師の言う事を
聞かないことを問題視するが
本当の問題は
信頼関係を築けないことにある
それは
子たちが
教師を拒絶してるのではなく
教師たちが
子たちを蔑んでいるからにある
教師たちが
子を拒絶しているのだ
人として接しない
あくまでも
上下関係を構築しようとしている
上下関係は
信頼と共にあるモノ
表面的な呼び方の上下関係など
全く 意味を成さない
それどころか
反発心を増大させるモノだ
そのことに
多くの教師が気が付くことを願う
基本的に
今の子たちは陰湿だとか言うが
子たちの中にある
人の繋がりの理想形は
今も昔も変わっていないはず
人との触れ合いが少ない分
理想と現実違いに大きく落胆するのだ
社会そして 企業は
綺麗ごとでは済まない...
結構 ドロドロしている...
だから せめて 教育現場は綺麗ごと
理想が通る世界であって欲しいモノだ