何の為に
本当に必要なモノ
それは
過保護なのか

何をもって
本当に必要なモノと呼べるのか

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今朝のニュースで
『ODA』に関しての記事を紹介していた

どうのように使われているか分からない
それは 一部ではなく
大半が不明というものだ

本来は どこにどのくらい使ったか
貰った側が 報告すべきこと
詳細を報告しなくても
億単位の金が渡る

外務省は そのことに抗議せず
せっせと金を出す

阪神赤星選手の寄贈車椅子
ネットオークションに
恩をアダで返す者がいる

確かに困っている場合
手を差し伸べることは悪く無い

しかし 疑問がある
モノや金をやることが
はたして 良いのだろうか?

『ODA』は 何をすべきなのか?
その国の自立をする為に何が必要なのか?
単に その場しのぎの援助で
本当に意味があるのだろうか?

『車椅子』は 上げるべきか?
障害者は それほど援助すべきか?

確かに 金がなければ
確かに 今を対処しなければ
それはそれである

数年後 何十年後
その在り方が無くして援助とは
結果 自己満足に過ぎない

障害者を考えても
確かに 車椅子は必要と言えば必要
しかし ただ貰えるという所に疑問である

何かしたことにより
報酬を貰えるカタチにすべきだろう
まったく
何も出来ない状態では仕方ないとして

こんなことを書くと
批判を嫌悪感を持つ人もいるだろう

援助は 手伝いに過ぎず
頼られることにあらずである

あくまでも補助
やるのは 変えるのは
本人でしかないのだから

動き無いから
動いて上げるのではない
動きたく無いなら
動きたくさせること
そのことが大切でありすべきこと

決して 無理な人に
動けと言っている訳では無い
動ける人まで動けなくなることに
懸念があるのだ

国が 国らしく
個人が 個人らしく
そんな生き方のできる為に
その為に動くことは 素晴らしいこと

暮らしやすい環境となること
そのことを重視し 実行すること

そんな想いで援助している人も
この世には たくさんいる
その人たちの努力は
大きな成果を齎していることも知っている

しかし 敢えて言いたい

本来の目的が歪んでいないか?
自分がしたいだけで動いていないか?
単に自己満足の世界に浸かっていないか?

ってことで
終わり無き仕事仕事の毎日の私に
手を差し伸べてくれ~ 誰か...
そうそう
寝ている間に 小人たちが
デザインをすべて作って...
目を覚ましたら 『もう 出来てるじゃんか^^』
なんてこと起きないだろうか...
何処にいるのだろう...私の小人たちよ...

はい そんなヤツ居ないです...分かってます...
昨日は寝ました...
だから 今日も徹夜です...
そう それが 現実です...

はい そうです
愚痴です...