昔々 ある所に
八郎太郎という若者が住んでおった
ある年
友人と3人で十和田山に入り
しばらく 山仕事をすることとなったそうな
そんなある日のこと
八郎太郎が飯の支度の番となり
奥入瀬の谷川へ水を汲みに行くと
イワナがおった
三匹イワナを捕って帰って焼いて
2人を待つことにした
しかし 2人は帰って来ない
あまりにもいい匂いがするので
自分の分を一匹食べた
あまりの旨さに ついつい3匹食べてしまった
するとどういうことでしょう
喉が焼け付くように渇きだしたのでした
八郎太郎は 渓流を下り 谷川の水をゴクゴクの飲んだ
いくら飲んでも 喉の渇きは止まらず
33日間 水を飲み続けた
やっと喉の渇きが癒え
立ち上がろうとした時
水面に写った自分の姿に驚いた
なんと 八郎太郎は
見るも恐ろしい龍の姿になってしまったのだった
そこに八郎太郎を探しに来た仲間が
大きな龍に驚き逃げてしまった
「おい!待ってくれ!!俺だ!八郎太郎だ!!」
大きな声で泣いた
その鳴き声は 周りの山々何十里にも聞こえたそうな
八郎太郎は 谷川を塞き止め
深く大きな湖をつくり
主として暮らしたそうな
そのが 十和田湖ということじゃ

デンデンでんぐり返って
バイバイバイ♪
*********************************
この八郎太郎の不幸は
これで終わらない
話には 続きがあるんですよ
同じころ 南祖坊という修行僧がいて
ある夜 権現様があらわれて
鉄の草鞋の緒が切れたところを
おまえの住む場所にせよと告げられた
南祖坊は全国を歩きまわり
十和田湖に来た時にその草鞋の緒が切れたので
そこに住みつこうとした。
ところが十和田湖には八郎太郎という主が
いたので争いがはじまり
南祖坊は法華経を唱えて九竜を生じさせて八郎太郎を襲った
八郎太郎はまだ人聞だったころに身につげていた
ミノの毛の一本一本を小竜に変える秘術で戦った
七日七晩 にわたる激しい戦いのあと
八郎太郎は敗け 十和田湖を去った
そして 南祖坊が新たに十和田湖の主になった
その後 八郎太郎は 八座の神様によって
米代川の河口に運んでもらい また湖をつくり暮らした
そこは 八郎潟と呼ばれるようになった
しかし そこは 冬になると氷が張り
冬になっても氷に覆われない湖を探す
東に田沢湖があり
そこの主である辰子姫も
昔 人間の娘が龍になったという話を聞き
田沢湖へと向った
そして 辰子姫は 八郎太郎を暖かく迎えてくれた
それ以来 八郎太郎は
冬には 田沢湖で辰子姫と暮らし
春には 八郎潟で暮らしたという
八郎太郎が田沢湖に来るのは
毎年11月8日といわれており
その晩 八郎太郎が田沢湖に入る音を聞くと
死んでしまうということで
いまでも 辰子姫を祀った神明堂で
にぎやかに宴会を開くそうです
915年に十和田湖にあった山が
2000年来最大といわれる大噴火を起こし
噴火降下物は 各地に自然ダムをつくった
しかし 最終的には決壊
各地で大洪水を起こした
この被害を受けた地区に八郎太郎伝説が残っています
大災害の文章は残っていないようですが
当時 朝日が月のようだったと思った
13日になって出羽の国に
灰が2寸積もって
桑が各地で枯れたなどの記録が残っている
ところで、この八郎太郎が南祖坊に追い出されるという伝説
これは、この地方に元々住んでいた原住民が
侵略者によって追い出されてしまったという事実を元にという考えもある
八郎が原住民を象徴しており
南祖坊が侵略者を象徴している
伝説どおりにとれば
追い出されてしまった原住民は
東へ下って八郎潟周辺に移り住んだことになり
これは伝説というよりは
過去の出来事をもとにした
神話なのかもしれない
などとかなり長々と書いたが
何故 十和田湖のことを書いたのか
というと
4月中メドに『男前豆腐』の新工場開設だそうだ
理由は、
『青森県の水とイメージの良さが立地(おいらせ町)を決めた』
おいらせ町に流れるのは
十和田湖から太平洋へ流れる 奥入瀬である
そういう意味での企業進出は歓迎である
っで 十和田湖と奥入瀬渓流
昔は なんとも神秘的な場所だった
うっそうと茂った森
木々からの木漏れ日
夏でも涼しい澄んだ空気 川には 朽ち果てた大木が横たわる
その大木に苔が生え
小さな植物が芽を出す
そんな自然のチカラを感じる場所だった
今は 観光の為に整備され
自然のチカラを感じることは無い
確かに綺麗になった
交通もスムーズになった
観光客もくるようになった
お金が落ちるようになった
しかし 失ったモノが大きい
そんな気がする
って言っても
経済が良く無ければ
そこに暮らす人のことを考えろと言われれば
上手く自然と付合う術は無いものだろうか
地方分権を進めると
経済中心の価値観のままだと
大切なモノが無くなる気がする
.....
今日は 書き込み長過ぎたか?
失礼...
八郎太郎という若者が住んでおった
ある年
友人と3人で十和田山に入り
しばらく 山仕事をすることとなったそうな
そんなある日のこと
八郎太郎が飯の支度の番となり
奥入瀬の谷川へ水を汲みに行くと
イワナがおった
三匹イワナを捕って帰って焼いて
2人を待つことにした
しかし 2人は帰って来ない
あまりにもいい匂いがするので
自分の分を一匹食べた
あまりの旨さに ついつい3匹食べてしまった
するとどういうことでしょう
喉が焼け付くように渇きだしたのでした
八郎太郎は 渓流を下り 谷川の水をゴクゴクの飲んだ
いくら飲んでも 喉の渇きは止まらず
33日間 水を飲み続けた
やっと喉の渇きが癒え
立ち上がろうとした時
水面に写った自分の姿に驚いた
なんと 八郎太郎は
見るも恐ろしい龍の姿になってしまったのだった
そこに八郎太郎を探しに来た仲間が
大きな龍に驚き逃げてしまった
「おい!待ってくれ!!俺だ!八郎太郎だ!!」
大きな声で泣いた
その鳴き声は 周りの山々何十里にも聞こえたそうな
八郎太郎は 谷川を塞き止め
深く大きな湖をつくり
主として暮らしたそうな
そのが 十和田湖ということじゃ

デンデンでんぐり返って
バイバイバイ♪
*********************************
この八郎太郎の不幸は
これで終わらない
話には 続きがあるんですよ
同じころ 南祖坊という修行僧がいて
ある夜 権現様があらわれて
鉄の草鞋の緒が切れたところを
おまえの住む場所にせよと告げられた
南祖坊は全国を歩きまわり
十和田湖に来た時にその草鞋の緒が切れたので
そこに住みつこうとした。
ところが十和田湖には八郎太郎という主が
いたので争いがはじまり
南祖坊は法華経を唱えて九竜を生じさせて八郎太郎を襲った
八郎太郎はまだ人聞だったころに身につげていた
ミノの毛の一本一本を小竜に変える秘術で戦った
七日七晩 にわたる激しい戦いのあと
八郎太郎は敗け 十和田湖を去った
そして 南祖坊が新たに十和田湖の主になった
その後 八郎太郎は 八座の神様によって
米代川の河口に運んでもらい また湖をつくり暮らした
そこは 八郎潟と呼ばれるようになった
しかし そこは 冬になると氷が張り
冬になっても氷に覆われない湖を探す
東に田沢湖があり
そこの主である辰子姫も
昔 人間の娘が龍になったという話を聞き
田沢湖へと向った
そして 辰子姫は 八郎太郎を暖かく迎えてくれた
それ以来 八郎太郎は
冬には 田沢湖で辰子姫と暮らし
春には 八郎潟で暮らしたという
八郎太郎が田沢湖に来るのは
毎年11月8日といわれており
その晩 八郎太郎が田沢湖に入る音を聞くと
死んでしまうということで
いまでも 辰子姫を祀った神明堂で
にぎやかに宴会を開くそうです
915年に十和田湖にあった山が
2000年来最大といわれる大噴火を起こし
噴火降下物は 各地に自然ダムをつくった
しかし 最終的には決壊
各地で大洪水を起こした
この被害を受けた地区に八郎太郎伝説が残っています
大災害の文章は残っていないようですが
当時 朝日が月のようだったと思った
13日になって出羽の国に
灰が2寸積もって
桑が各地で枯れたなどの記録が残っている
ところで、この八郎太郎が南祖坊に追い出されるという伝説
これは、この地方に元々住んでいた原住民が
侵略者によって追い出されてしまったという事実を元にという考えもある
八郎が原住民を象徴しており
南祖坊が侵略者を象徴している
伝説どおりにとれば
追い出されてしまった原住民は
東へ下って八郎潟周辺に移り住んだことになり
これは伝説というよりは
過去の出来事をもとにした
神話なのかもしれない
などとかなり長々と書いたが
何故 十和田湖のことを書いたのか
というと
4月中メドに『男前豆腐』の新工場開設だそうだ
理由は、
『青森県の水とイメージの良さが立地(おいらせ町)を決めた』
おいらせ町に流れるのは
十和田湖から太平洋へ流れる 奥入瀬である
そういう意味での企業進出は歓迎である
っで 十和田湖と奥入瀬渓流
昔は なんとも神秘的な場所だった
うっそうと茂った森
木々からの木漏れ日
夏でも涼しい澄んだ空気 川には 朽ち果てた大木が横たわる
その大木に苔が生え
小さな植物が芽を出す
そんな自然のチカラを感じる場所だった
今は 観光の為に整備され
自然のチカラを感じることは無い
確かに綺麗になった
交通もスムーズになった
観光客もくるようになった
お金が落ちるようになった
しかし 失ったモノが大きい
そんな気がする
って言っても
経済が良く無ければ
そこに暮らす人のことを考えろと言われれば
上手く自然と付合う術は無いものだろうか
地方分権を進めると
経済中心の価値観のままだと
大切なモノが無くなる気がする
.....
今日は 書き込み長過ぎたか?
失礼...