虐めとは、どういうことなのだろう?
虐めであるとは、どの時点のことを指すのだろう?

虐めをした生徒に出席停止処分。
継続的虐めをした場合の対象であるらしい。

確かに、中心核を失った集団は崩壊し、消滅する。
しかし、本当に現場の教師にその見定めができるのだろうか?

もし、これが私の小学時代にされてたら、
おそらく、私は出席停止処分されていただろう。

警察と泥棒。
ようは、鬼ごっこをしていた時のこと。
私は、あまり走るのが速くない。
2人を同時に見つけた。
少し遠いが、足の遅い方を追いかけた。

しばらくして、後ろから、
『コラ!●●!!』
ヤバッ、校内走ってたから...怒られた...。
そう想ったが、実は違った。

私が追いかけなかった生徒仮りにYが
無視されて、一緒に遊んでくれないと
教師に言ったのだった。
小学5年の頃である。

教師から頭ごなしに怒られた。
事情を話しても、
『言い訳するな!!』と頭を叩かれた。

仲間は、大丈夫?どうしたの?と駆け寄ってくれた。
その時は、みんなに言わなかった。
ただ、『怒られちゃった。』としか。

その後、Yは少し黒目が欠けている。
自分で皆にそのことを言って回っている。
なのに、私がそのことで馬鹿にすると
また、教師に言い出した。

『ふざけるなっ!!お前馬鹿だろう!!』
あまりにも理不尽な事と教師が
分かってくれないいら立ちから、
思わず口にして、Yを睨み付けた。

そう、その様子で教師は
私がYを虐めてると確信を深めたのである。

その後、仲間たちにもその件は耳に入る。
『あんなのぶっ飛ばしてやるよ!!』
仲間の一人が言い出した。

親から何か学校で問題起こしたら、
身内には、教師や警官が多いから、
辞めないとならなくなるんだよ。
迷惑がかかるから、ちゃんと考えて行動しなさい。
そう言われていたから、暴力は避けたかった。
(今考えれば、それで辞めることは無いだろうが。)

っで、みんなで無視をすることに決めた。
無視するとは、関わりたくないということである。

ある日、教室にYの答案用紙が落ちていた。
私たちは、その答案用紙を踏んだりなどし、汚して放置した。
殴れない腹立たしい気持ちから及んだ行為である。

次の日の日曜日、仲間の子から電話があった。
近くの公園に仲間が集合。
答案用紙の件で大変なことになっているというのだ。
仲間は7人その内の3人が謝りに行こうと言い出した。

しかし、私ともうひとりは、それを拒否。
謝る気が無い。
悪いのは、Yであって、たかが答案用紙など、
ウチらがやられたことに比べたら。
と想ったからだ。

ってことで、そのままその日は解散した。

後日、教員室に7人呼ばれた。
Yもいた。
教師は、私たちにYに頭を下げろと言う。
それでも、謝ることはしなかった。
『信用しないのなら、いい!!』
『謝るのはYだ!!俺らは謝らない!!絶対!!!』
しばらく、そんなやり取りをした。
教師は、『ったく、もうするなよ!もう、戻れ授業だ!!』
と声を荒げて言った。

数日後、仲間の2人がもう遊ばないと言い出した。
理由は、親から私たちと遊ぶなと言われたらしい。
いろんなカタチで親たちに入った情報。
その後、もう3人仲間を抜けた。

去った仲間は恨まないが、
分かってもらえなかったことに腹が立つ。
でも、小学5年。
大人の固まった頭を変えるだけのチカラは無い。

2人きりになった私たち。
そして、もう一人も引っ越して行った。
最後に彼は、『ごめんねっ...。』と言ってくれた。

そして、私は孤立した。
クラスだけではなく、
他の親たち迄もが私を虐めっ子として見る日々が続いた。
まっ、その後は最終的に一部の生徒には、
本当は誰が悪いのか?分かってもらえたから良いのだが。

今でも当時私たちは虐めっ子と想っている人がいる。
同学年でもそう想っている人がいる。

これって、どうなの?
出席停止処分でしょ。
学校側の捉え方は、指導したにも関わらず、
改善が見込めない生徒。
出席停止処分。

こんなケースもあるのだ。
誤認で処分されかねない。
大多数を救う為に少数の事例は致し方ないと言えば、
そこまで気にすることではないとなるだろう。

でも、このケースは、
逆の虐めと処分という2重の辛さを与える。

教師がどう見極めるのか?

当人同士を同じ席に座らせ聞くと
本当に虐めをされている子は言えなくなるだろう。
皆見ているところで虐めがあれば、
他の子も判断付くだろうが、
見ていない場所での虐めはどうなのか?
まして、私のように言いがかりではどうなのか?

判断しかねる教師はどうなるのか?
もし、それが放置したと見なされれば、
その教師は処罰される。

そういう誤認のケースのケアも同時に考えなければ、
隠れた被害者が増加する。

痴漢の誤認逮捕で苦しんでいる人は少なくない。
でも、事件ではないから報道でもあまり取り上げない。
いろんなところで、誤認の痛手はある。

ある程度致し方の無いモノかもっと想ったりもするが、
教育現場では、想定して問題を極力無くし、
行動や判断をしなければならないと想う。

本当に生徒に必要なのは、
見捨てないということだけのような気がする。

見捨てられた小学5年の私は、そう感じる。

良いか悪いか、私はそんなモノだ世の中は、
と冷めた子供だから、教師にも期待しないし、
離れた仲間も恨まずに済んだが。

何もしないで、
この自殺の連鎖を見ているのは良く無い。
しかし、こういうケースもあるのだ
ということは頭にあって欲しい。

少しでも誤認の危険性を無くす為に。