虐めをきっかけに不登校になったA。
虐めをしたと非難されるB。

クラスの親たちは、
Bの虐めでAが不登校になったと思われている。
実際のところ、
親も学校も把握していないようだ。

Bの親は、親たちが噂を信じ、
その子にそれを言うことで、
虐めをしたとクラスで非難されていると主張。

っで、あなたはAが、
そう主張することのきっかけを知っているの?
とBの親に問いてみた。
答えは、『何故だろう?』だった。

虐めとは、噂に過ぎず、
Aが、勝手に言っているという主張。
しかし、Bの主張しか聞いていないのでは?
自分の子供を信じたい。
理解はできるが、どうなのだろう?

Bの意識しない行動や発言が、
Aにとって、虐めと感じたかも知れない。
その場合、Bは『虐めていない』と言うだろう。

Bの親に『どうしたいの?』と聞くと、
噂は、嘘であると学校で証明して欲しいとのこと。
ようは、名誉挽回という訳だ。

しかし、名誉挽回する為には、
Aが嘘を付いていることを証明することになる。
Aが嘘つきであると皆に教えることになる。
それは、問題解決なのだろうか?
自業自得と言えば、そうなのかも知れないが。。。

Aが、Bに虐められたと言ったのは何故か?
クラスの皆が、Aの言葉を信じたのは何故か?
この2つの疑問がある。

前の方は、本人に確認するしかない。
でも、後の方は、どうだろう?
Bならやりそう、とか。
虐めていた、とか。
クラスの生徒が、
Bに持っているイメージもあるのではないだろうか?

だとすれば、Bにも正すべきところがある。
何故、そのようなイメージができたのか?
B本人の問題として、捉える必要がある。

しかし、Bの親は、
言いがかりということに集中して、
結局、学校に頼っている。
そして、学校がなかなか動かないことに腹を立てる。

親だから、子供を守って何が悪い!
確かに、それはそうだ。
しかし、守るとはどういう意味なのだろうか?
それは、社会に対応する知恵を養うことではないだろうか?

Bの親は、引っ越しまで考えていると言う。
しかし、引っ越しとして、
次にこういう問題が発生しないかは分からない。

現時点の問題解決又は、
原因を知らずして、
場所だけを変えるのは、
何ら子を守っていることにならない。

仮に、虐めをしていないにしても、
白黒ハッキリさせるだけが問題解決ではない。

Aが嘘を付いた事を許すことがあっても良いのだ。
何とか、本人同士が話できるようにできれば良い。
自分の利益より、
周りの利益を考えるのは、損ではない。
自分が悪く思われても、
自分を嫌いな相手でも、
その人のことを想って行動するのは悪いことではない
逆に良いことではないだろうか?

『あの人は、そんな人じゃない』
と周りから言ってもらえるようになることも
ひとつの解決法ではないだろうか?

嘘を暴くとは、
暴かれた人の行く末を考えると悲惨なものだ。
上手く、そこをフォローできれば良いのだろうが。
本人同士だけではなく、
周りにも飛び火した現状では、
ハッキリさせるとは、
Aに非難が集中することも有り得るのだ。

Aには、自分で問題解決できる蕊を持たせるべきであり、
Bには、人を許す心を持たすべきであり、
他の生徒は、お互いの主張を聞かなければ、
本当のことは分からないと教えるべきだろう。

この話を相談された私は、
対処の仕方に非常に疑問を持った。

学校とBの親の話し合いも、
ウチの子、相手の子っていう話。
子供全体の話で対処をどうするか?
という話にならない。

学校の虐めは、大抵見えないところでする。
教師が把握するのは難しい現状がある。
だろうっていうだけで、疑うことが出来ない。
そこに、お互いの主張だけがくる。
これでは、学校も大変だ。

ただ、何もしないのは学校の怠慢ではある。

何を言いたいかと言うと、
親も学校も責任はある。
お互いが、お互いの立場を尊重し、
自分がやるべきことをやることが必要だと想う。

人格というモノは、
学校だけでは形成されない。
家庭だけでも形成されない。
すべては、人格形成に関わるのだから。

このようなことをBの親に言ってみた。
それを基に、また学校との話し合いがあったらしい。
数日後、学校から連絡があり、
『学校もいろいろ努力します、期待に答えれるように。』
という答えが返って来たようだ。

さて、この問題。
結構、難儀なモノであるが、
学校は、どのように問題解決を図るのか?
具体的対処は、まだこれからだそうだが。
新たな問題がでないことを願う。