再生する人間。
トカゲのシッポのように。

幹細胞を使って人体再生が可能な時代。
あらゆる細胞の最初期形態。

細胞分裂を繰り返して、
人間というモノは形成される。
元は、一つの細胞。
この幹細胞があれば、
いくらでも人体は再生できる。

怖ささえ感じる現代の医療技術。

過去5年間で1万1000人以上の両親が、
新生児の幹細胞を保存。
(最大およそ33万円。)

血液状態が悪化したり免疫に異状をきたした
子どもを救う目的で行う
臍帯血の幹細胞移植手術の成功例は、
すでに何千件もある。

クローンと幹細胞で永遠の命を手に入れる。
人間は死なない日がやってくるだろう。
その時、人は人であるのだろうか?

死があるから、
人は生きろうとするのではないか?
死というモノが無くなった時、
人は、生きることをどういう価値として捉えるのだろう?

永遠の命に人は喜びを感じることができるのか?
死があるから、今を生きるのではないか?

『生きる』とは、『活きる』でなければならない。
最終地点があるから、『活きる』のだと思う。

マラソンのようにゴールがあるから頑張れる。
ゴールの無いまま
走り続けることに人は耐えきれるのだろうか?

私は、無理だろう。
ずーっと、続く命に耐えきれないだろう。
であれば、自殺しかない。
でも、自殺も私にはできそうにない。
朽ちゆく自分をじっと待つだろう。

飢餓は、自殺しない。
死が目の前にあるから、自殺ということに成らない。
生きることがあるから、自殺がある。

生と死は、対比するが、決して単体では成り立たない。
生があるから、死が存在し。
死があるから、生が存在する。

人間の欲望は、神へと変わりつつ有る。
自然の摂理など意味が無くなる。
全ての事柄が、欲望の追求の為に存在する。

私も欲望の中で生きてるのだろうか?
そうではないという自分がいる。
しかし、人間が欲望という世界で生き続けることも
自然の摂理なのか?
人工的な行ないも地球や宇宙という膨大な時間軸では、
自然の摂理の一部で、
一瞬の出来事に過ぎないのだろうか?

日々、欲望の中で自分の意としないまま、
流されて行く。。。。
そして、流れ着く場所は一体何処なのだろう。。。

明るい世界なのか?
暗い世界なのか?
私に分かる訳はなく。。。
ただただ、今日もまた漂流し続ける。。。。

kansaibo
↑幹細胞たち。