今日の新聞にリサーチ結果が記事としてあった。
東京裁判を知らない、国民7割。
20代は9割、知らない。
そりゃそうでしょ、授業で取り扱っていないもの。。。
私も社会に出てから知ったし。

第二次世界大戦の事、
親に聞いていたけど、
実際の第二次世界大戦へ突き進んだ意味少し違ってた。

親は、第二次世界大戦の時、
既に生まれていた。
タイムリーに体験していても、
実際の事は理解していなかった。
まして、戦後に生まれた人が知ってるなんて珍し。

親は、『ABC包囲網』(正確には、ABCD 包囲陣)により、
日本は世界と戦ったという認識だ。
では、敗戦後の永久戦犯をどう考えていたのか?
それは、敗戦国だから。。。致し方ない。。。ということだ。
しかし、この事は、敗戦国だから致し方ないで良いのだろうか?
この事を語るには、
まずは、第一次世界大戦から知るべきだろう。

第一次世界大戦時には、
日本はイギリスとの同盟関係で、
ドイツと戦うこととなり、勝利を収める。
ベルサイユ条約が結ばれ、国際連盟が発足された。
この時、ドイツに対して厳しい制裁を課したことが、
のちの第二次世界大戦への伏線となった。
その後、民族運動や労働運動は勢いを増し、
ヨーロッパによる世界支配はゆらぎ、
アメリカと日本が台頭した。

そして、世界恐慌となった時、
その影響で日本経済は深刻な不景気となる。
軍部らの間に、
満州を植民地化して危機をのがれようとする動きが強まった。
日本が中華民国政府につきつけた5号21か条からなる要求。
(対華二十一か条要求ともいう。)
第一次世界大戦で列国が中国から後退したのを利用して、
無理矢理に山東省・満州・内モンゴルなどに日本の利権を認めさせた。
この結果、中国人の間に排日運動が盛んとなった。
関東軍(満州にあった日本軍)が
奉天郊外で鉄道爆破事件を起こし、
これを中国軍のしわざだとして強引に開戦。
日本政府の不拡大方針にも関わらず、
関東軍はこれを無視して戦争を広げ、
全満州を占領した。
これが、満州事変という我が国の侵略戦争である。

日本は満州を形式的に独立させ、
満州国を成立させた。
中国の訴えで、
国際連盟はリットン調査団を派遣。
日本軍の行動を不当とし、満州国もみとめなかった。
このことを期に、日本は国際連盟を脱退した。

その後日本は、
アメリカと言う巨大な国と対等に渡り歩く為、
先に脱退していたイタリア、
世界最強と当時言われていたドイツ(ナチス)
の2国と三国同盟を結ぶ。
その後日本は、ソ連とも同盟を結ぶつもりだった。。。
その中をドイツに取ってもらおうと思っていた。。。
しかし、ドイツはそう考えていなかった。
世界戦略からイギリスに対抗する目的で、
アジアのイギリス勢力を弱めソ連にも対抗することを日本に期待した。
この三国同盟で、日本はアメリカからABCD包囲陣という経済制裁と
三国同盟破棄を迫られることになる。
そんな中、
ドイツ軍のポーランド侵略開始以降。
1941年に勃発した独ソ戦争と太平洋戦争に拡大。
1945年8月15日の日本の降伏まで続いた。。。
これが、第二次世界大戦。

第2次大戦後。
連合国によって行なわれた、
日本の戦前・戦中の指導者28人を
「重大戦争犯罪人」(A級戦犯 =政府・軍部首脳が対象⇒B・C戦犯)
として審理した国際軍事裁判をいう(通称は東京裁判)
日本の戦争犯罪についての軍事裁判。

ポツダム宣言第10項の戦犯処罰規程を根拠に、
極東軍事裁判所条例により、
11カ国の連合国名によって
「平和に対する罪」
「殺人と通例の戦争犯罪」
「人道に対する罪」
の3つに分類された55項目の訴因に基づく
起訴状により起訴された。

判決は多数決によったが、
少数意見の裁判官の5人いた。
そのうちの1人ウエップ裁判長は、
「どの日本人被告も、
侵略戦争を遂行する謀議をしたこと、
この戦争を計画及び準備したこと、
開始したこと、または遂行したことについて、
死刑を宣告されるべきでない」
と判決文に認めた。
フランスのベルナール判事は、
「天皇が免責された以上共犯たる被告を裁くこができるのか」と述べ、
インドのパル判事は、日本の「無罪」を主張し、アメリカの原爆投下を非難した。

GHQにより徹底した言論統制下に置かれていたことから、
極東国際軍事裁判(東京裁判)に対する疑問や批判は封じられたばかりか、
被告全員を無罪としたインドのパル判事による判決書は、刊行が禁止された。

判決後弁護側は、
連合国軍最高司令官へ再審査を申し立てるが却下。
直ちにアメリカ連邦最高裁に訴願するが、これも却下された。

起訴されなかったA級戦犯容疑者に対する
第2次起訴が当初予定されていたが、
冷戦構造の激化で見送られた。
戦犯容疑で収監され最後まで
起訴未決で勾留されていたのは、
後に首相となり、安保条約改定(60年安保)を成し遂げた岸信介、
ロッキード事件で病床尋問された政界の黒幕児玉誉士夫、
笹川良一、後藤文夫、天羽英二、須磨弥吉郎ら17人
(うち岸と児玉は2次のA級戦犯として起訴が予定されていった)。
また出頭を命じられたA級戦犯容疑者は100人を上回った。

極東国際軍事裁判で有期・無期の禁固刑に処せられたA級戦犯18名の中、
獄中で病死した梅津美治郎・白鳥敏夫・東郷茂徳・小磯国昭の4名以外の者も
相次いで仮釈放の形で出所後、連合国通達により刑が免除された。
結局彼らは、東京裁判判決で終身・有期禁固刑に処されながら、
10年も経たない内に娑婆にでた(出所した)ことなる。

A級戦犯で絞首刑になった7人をはじめ14人は、
靖国神社に“昭和受難者”として合祀された。
また、A級戦犯として絞首刑になった7人も、
国内法では「刑死」ではない、
「公務死」の扱いになっており、
遺族は、国内法による遺族年金または恩給の支給対象にもなっている。
禁固7年とされた重光葵元外相は、
戦後、鳩山内閣の副総理・外相となった。
終身刑だった賀屋興宣元蔵相は、
池田内閣の法相を務めている。
“A級犯罪人”が法務大臣になったのである。

これが、私の知っていること。
まっ、すべて書いた訳ではないが。。。
大体こんなところだろう。。。

この事を踏まえて、
靖国問題など始めてする諸外国の関係を考えなければならない。

(うる覚え部分もあるので、
間違っている内容があるかも分かりませんが。。。
ご了承願いたいです。。。
コメントにて修正いただければ、幸いです。)

この事を日本の国民としてどう受け止めるのか?
日本が世界に貢献出来ることは何なのか?
戦争の悲惨さを知っている日本人として、
決して戦争をしてはならない!!
戦争をしない為に、
この自国の歴史を知り学ぶことが必要ではないだろうか?

戦後、目を逸らして来た。。。
一番戦後しなければならなかったこと。。。
戦争を経験した人が生きている間に、
日本国の歴史から学ぶモノを。。。
その学んだことで、
世界に貢献することが、
本来しなければ成らないことではないだろうか?

罪があることも理解せずに、
援助を何十年したとしても、
それは、責任を果たしたとは言えないのではないだろうか。。。
日本は心を大事にする民族であるのなら、
心を持って責任を果たすべきだと思う。。。

例え、過去の戦争が侵略戦争でなく、
防衛戦争だったとしても、
戦争自体は、悲惨な歴史には変わりないのだから。。。
死んで云った人にも人生があったのだから。。。

戦争は、如何なる理由があろうとしてはいけない。
日本は、戦争をしないよう最善を尽くす国でありたい。
だから、これからの自衛隊のあり方も考えなければならない。
イラクの戦争もしてはいけないことに手を染めた。。。

平和な日本に生まれた私たち。。。
だから、冷静に見つめる時間がある。
その時間を無駄にしてはいけないのだと思う。

そんなことを漠然と思う。。。