昨日、東横インの謝罪会見の映像を目にしました。
批判を受けるかもしれませんが、
あえて言わせていただきます。
この社長がはじめの会見で言っていたこと。
「そんなに障害者の利用がないのだから、
企業利益のことを考えた。」という発言。
私は、理解できますね。
実際、ほとんど利用がないところ多いと思いますよ。
本質を考えたら、
障害者が利用した際の障害者顧客満足度というものが重要なのでしょ。
ようは、来てくれた障害者が満足を得ることのできる施設なのか?ってことですよ。
駐車場なんか特に障害者用を設けなくても、
予約してもらったら、通常の駐車場を2台分キープすれば良いだけのこと。
障害者用客室も通常の部屋に、
障害者が宿泊する際、不便を感じなければ良いのでしょ。
過剰な設備投資をさせることはいかがなものでしょう。。。
実際、障害者が東横インを利用したことがあるのでしょうか?
ビジネスホテルに、年に何回何人ぐらいの障害者が宿泊するのでしょうか?
っていうより、
いろいろ報道していますが、
本当に問題なのは、社会的に障害者への意識がないことにあるのでは?
みんながそんなに批判をするほど、普段意識があるのでしょうか?
そういう施設完備や配慮のない企業を社会が認めなければ、
必然と完備及び配慮する企業が増えるでしょう。
東横インは、実際多くの利用者がいたわけですし。
こんなことを言うと、
障害者の気持ちが分からない!!
情がないのか!!
なんて言う人も多くおられるとは思いますが。
私の親も障害者です。
慢性リュウマチという骨が変形してしまう病気です。
手は、変形して手のひらを開く事ができず、
足の裏も、骨が出て大きなイボがあるような感じで、
歩行の際痛みがあります。
私は、小学校低学年の時に、
あと10年の命と医者に宣告されました。
(それから、約30年くらい生き続けてますがね。)
そんな状態でも私は、
クルマの乗り降りに手を貸しません。
乗車した後にそんな手ですから、
自らドアを閉めるのも大変な作業です。
しかし、私は運転席で笑って見ています。
時間はかかりますが、待っています。
どうしても無理と思った場合のみ手伝うのです。
障害者の時間軸は、
通常の人とは違う者ですから、
ココロに余裕を持って、時間軸を合わせてあげることが必要と考えます。
私は障害者が障害に甘えているような気がしてならないのです。
確かに私自身は障害者ではありません。
だから、言えるのだ!!という批判もあるでしょう。
でも、障害者を特別な人間ということ事態が差別だと思うからです。
必要以上の手助けは、その人間の成長を阻害するとも考えますし。
困っている時は、あくまでも補助が必要で、
代行は必要とは思えません。
先日の話でも言ったように、
やってもらうor配慮するのが、
当然かのような感覚の障害者意識があるのではないでしょうか?
この問題は、
この東横インの問題というより、
社会の風潮が困っている人への思いやりを持つ国民か?ってことでは?
国民がそのことを意識し、
社会が困っている人への配慮を持つべきという風潮が普通と成れば、
そうすれば、法律や条例など意味のないことになりますよ。
まっ、罪は罪ですから、社会秩序という観点から、
東横インには、罰する事は必要でしょう。
しかし、何でも決めごとでしか動かない社会には困ったものです。。
いろんな価値観の中暮らすのだから、
仕方のないことかもしれませんが。。。
批判を受けるかもしれませんが、
あえて言わせていただきます。
この社長がはじめの会見で言っていたこと。
「そんなに障害者の利用がないのだから、
企業利益のことを考えた。」という発言。
私は、理解できますね。
実際、ほとんど利用がないところ多いと思いますよ。
本質を考えたら、
障害者が利用した際の障害者顧客満足度というものが重要なのでしょ。
ようは、来てくれた障害者が満足を得ることのできる施設なのか?ってことですよ。
駐車場なんか特に障害者用を設けなくても、
予約してもらったら、通常の駐車場を2台分キープすれば良いだけのこと。
障害者用客室も通常の部屋に、
障害者が宿泊する際、不便を感じなければ良いのでしょ。
過剰な設備投資をさせることはいかがなものでしょう。。。
実際、障害者が東横インを利用したことがあるのでしょうか?
ビジネスホテルに、年に何回何人ぐらいの障害者が宿泊するのでしょうか?
っていうより、
いろいろ報道していますが、
本当に問題なのは、社会的に障害者への意識がないことにあるのでは?
みんながそんなに批判をするほど、普段意識があるのでしょうか?
そういう施設完備や配慮のない企業を社会が認めなければ、
必然と完備及び配慮する企業が増えるでしょう。
東横インは、実際多くの利用者がいたわけですし。
こんなことを言うと、
障害者の気持ちが分からない!!
情がないのか!!
なんて言う人も多くおられるとは思いますが。
私の親も障害者です。
慢性リュウマチという骨が変形してしまう病気です。
手は、変形して手のひらを開く事ができず、
足の裏も、骨が出て大きなイボがあるような感じで、
歩行の際痛みがあります。
私は、小学校低学年の時に、
あと10年の命と医者に宣告されました。
(それから、約30年くらい生き続けてますがね。)
そんな状態でも私は、
クルマの乗り降りに手を貸しません。
乗車した後にそんな手ですから、
自らドアを閉めるのも大変な作業です。
しかし、私は運転席で笑って見ています。
時間はかかりますが、待っています。
どうしても無理と思った場合のみ手伝うのです。
障害者の時間軸は、
通常の人とは違う者ですから、
ココロに余裕を持って、時間軸を合わせてあげることが必要と考えます。
私は障害者が障害に甘えているような気がしてならないのです。
確かに私自身は障害者ではありません。
だから、言えるのだ!!という批判もあるでしょう。
でも、障害者を特別な人間ということ事態が差別だと思うからです。
必要以上の手助けは、その人間の成長を阻害するとも考えますし。
困っている時は、あくまでも補助が必要で、
代行は必要とは思えません。
先日の話でも言ったように、
やってもらうor配慮するのが、
当然かのような感覚の障害者意識があるのではないでしょうか?
この問題は、
この東横インの問題というより、
社会の風潮が困っている人への思いやりを持つ国民か?ってことでは?
国民がそのことを意識し、
社会が困っている人への配慮を持つべきという風潮が普通と成れば、
そうすれば、法律や条例など意味のないことになりますよ。
まっ、罪は罪ですから、社会秩序という観点から、
東横インには、罰する事は必要でしょう。
しかし、何でも決めごとでしか動かない社会には困ったものです。。
いろんな価値観の中暮らすのだから、
仕方のないことかもしれませんが。。。