連日報道されているライブドア。
社員を指導している様子や忘年会の様子が映し出されているを見た。
その様子を見て、私はある映画を思い出した。
北野武氏の教祖誕生という映画だ。

ある意味、堀江という人物は、周りから利用され利用していたのであろう。
ライブドアの象徴=堀江。
自分が言ったことに皆が従い、おだてる。
はじめは、堀江も演じていたはず、
演じていた仮想の現実で、彼は溺れてしまったのだろう。
yesmanを周りに置いたのが彼の仮想現実を加速していったのだ。

このことは、誰しもが溺れる可能性を秘めているのではないだろうか?
会社のワンマン経営者は、犯罪していないにしても、
ある意味、教祖のように振る舞っている。

経営者は、社員の意見を聞いているという人も多いが、
意見を本当に聞いている人は少ない。
自分の意見に沿った意見を聞いているに過ぎない。
でも、経営者は会議で皆の意見を自由に出させ、そのことを実行に移している。
と、主張するだろうが、、、
社員は、経営者の納得することを述べているに過ぎないことが多い。
ようは、社員は経営者に対し、上辺の言葉を発しているに過ぎないのだ。
無理矢理言わせた本心とは違う会議の意見は、実行してもたかがしれたものだ。
しかし、それに気付かない経営者は、
だんだん自分の方針に沿った意見が増えることで、
自分の意思を理解し、実行する社員が育ったと勘違いするものだ。
このことも、仮想現実といえるのではないだろうか。

人間というものは、
本音で会話するより、ウソで会話する方は断然多いものだ。
社交辞令など日常茶飯事で行われている。
そのことを疑わずして喜ぶ人間は、特に仮想現実を生み出してしまう人間といえるだろう。
ある意味、素直な人間とも言えようが。。。

私は、人を信用しないと自ら思う。しかし、美徳は尊重する。
用は、騙される可能性を理解しながらも、信じることを選択するのだ。
まっ、そういうと聞こえはいいのだが、
そう自分に理解させないと、
誰も信用できない孤独とういう闇に入ってしまうことを理解しているからだろう。

何にせよ、人間が行きてゆくためには、バランス性が必要。
バカ正直では駄目だし、人に害を及ぼすほどのウソは駄目。
そのバランスが社交辞令などのようなカタチになる。

大分話がそれたようだが、
仮想現実と現実を見極める必要が、
行きてゆく上で重要なことである。

まっ、このbolgも仮想現実のひとつなのかも知れない。。。
と、思いつつこれから、ここで無駄口をたたかせて頂きます。。。