重松清さんの小説。
東京の郊外。
桜ヶ丘ニュータウンに暮らす中2のエイジは、膝を壊して部活を休部中。
そのことで、同じ部員の岡野とはケンカしてて、その岡野も部活ではシカトされいじめられている。
クラスでは、ガキ代将でムードメーカーのツカちゃんを筆頭に、海老沢、中山といったB級生徒と、彼らをそう呼ぶ秀才のタモツくん、片思いの相手の相沢志穂。
悩みはあるけど、それでも何気ない日常が進んでいく。
はずだった、、。
通り魔事件の犯人が逮捕されるまでは、、、。
中学二年生の微妙な心理状態を見事に書いています。
キレる少年。
小説に出てくるけど、一昔前に流行ったこの言葉。
その言葉通り、まーよくキレる人が多かった。
自分は、どうだったかな?
キレはしてたけど、それを表に出せない。
作中で言えばタカやんの一歩手前みたいな感じ。
ってことは、エイジに近いのかもしれない。
学校と家庭と友達とやらなきゃいけないことと、たくさんの義務のようなものに雁字搦めにされて、精神崩壊を理性でなんとか食い止めていた、そんな思春期。
川口浩や藤岡弘よりもデンジャーな冒険をしていた、そんな時代。
「エイジ」を読んでて思ったのは、中学生って大人が思っているほど楽じゃないってこと。
それは自分も経験したからわかることだけど、人によっては精神的なストレスでもうどうにかしちゃうって子もいるんだよね。
それが表に出れば、周りも気がつくんだけど、たいていは隠す。
自分もそれを認めようとしない、できないところがあるから、手遅れになるともう大変。
何がそうさせるのか、はっきりとこれが悪いとは言えないけれど、少なからず問題なのは、学校の先生が保護者に気を遣いすぎていることだと思う。
確かに学校の先生は、頭の悪い人が多いのも事実。
大学を卒業してそのまま教員になりました。そんな人たちだから社会を知らない。
体育教師なんて一番タチが悪い。
体育大学のはちゃめちゃな習慣の中で生活したまま、教師になるわけだから。
ただし、それでも中にはキチンとした人もいるけど、ひと握りにも満たない数だ。
そういえば教頭先生がやった人が言ってたんだけど、「変な教師がいるから子供が育つ」・・・それを教師で教頭をやっていた立場の人間が言うのかと呆れたのだが、教師なんてものはその程度なのかもしれないとも思った。こう言っちゃ悪いけど。
でもだからといって、このままダメ教師を放置しておくのかというわけにもいかない。
ならば、教員になるには三年間社会経験を積むというのを必須にすればいいんじゃないかな。
社会の荒波に揉まれて、広い視野を持った人が学生に物事を教える。
そして悪いことをしたら、きちんと叱る。
時にはケツの一発でも殴る。
例えそのことで保護者が怒鳴り込んできても、「ふざけんな!」と怒鳴り返せるくらいの気持ちで・・・でもここは社会全体がその必要性を理解しないと教師ひとりが頑張れる範疇を越してるとも思う。
かつて中学生だった人たちは、「エイジ」を読んで、彼らがどういう心理状態なのかを想像する必要がある。これは義務でもあると思う。でないと、全然違った方向を大人は見て、彼らと接してしまい、それが彼らを苦しめ、とんでもないことを起こしてしまうかもしれないからだ。