ミニマリストなつ minimalist Natsu minimaliste Natsu -4ページ目

ミニマリストなつ minimalist Natsu minimaliste Natsu

最低限で生きる Live with the minimum. Vivre au minimum.

ふっと、さみしさを感じることが誰にでもあると思う。

そんな時は、誰か、友達だったり、恋人だったり、家族だったり、人を求め、誰かのそばにいたいと感じると思う。

それは、本能がそうさせているのだと思う。

生き物は突き詰めて考えてみると、子孫を残していくことが仕事。

さみしさを感じなければ、誰かと交流する必要がなく、交流する必要がなければ、ドラマも生まれない。

さみしさを感じるから、人は人を求め、その過程の中でドラマが起こり、子孫ができたりしていくのではないか。

さみしさは、生き物が子孫を残すために必要不可欠な感情で、DNAの中にあらかじめプログラミングされているのかもしれない。

現在歯科医師をしていて、私一人生きていくには十分の収入を得られるようになった。

金が稼げるようになったものの、特に欲しいものはない。

貧しかった幼少期と基本、消費ペースは同じ。

欲望には切りがない。

だから、自分の欲望にかなり制限をかけているのだと思う。

お金を稼げるようになって、買えるけど買わない、という選択ができるようになったのは、純粋にうれしい。自分の人生を選択できるようになったから。

今後も、選択ができるようにしておくために、収入を得る努力はしていきたい。


You tubeでゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんが自分自身の歯について語る、というコメントを聞いたhttp://www.youtube.com/watch?v=UM2Xn9rJVSI

翔さんは、すきっぱなのだが、それをチャームポイントだと考えている、とのこと。

そのすきっぱのせいで得をしたことはない、とのこと。


私は歯科医師をしているため、専門家として考えてみた。

メリット

歯磨きがしやすい。

食べかすも詰まらないだろうから、虫歯になるリスクは低い。

デメリット

 見かけがよくない。

 上下の歯の咬合状態が理想的ではない可能性が高い。


本人がそれでいいのなら、ほっといていいのではないかと思う。

しかし、私としてはすごく気になる。

口腔内、どうなってるのかが気になる。

診察したい。

歯型を取りたい。

原因がなんなのか、分析したい。

翔さんがすきっぱ歯を直したいと思う時が来たら、補綴的に、または、矯正歯科治療で治してあげたい。


だが、現実は厳しい。

厚生労働省ホームページによると、歯科医院数はH243月末の時点で68453か所http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/m12/is1203.html とのことだ。

7万か所弱、、、、。

ということは、翔さんがたまたま、私の勤めている病院を受診する可能性は7万分の1、、、。

ほぼ、ありえない。

でも、機会があったら診察したいな。

十分魅力的なので、本人が気にしないなら、歯並びは直す必要はないと思うけれど、歯のクリーニングと虫歯のチェックは、こまめに受けたほうがよいと思う。

ゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんのファンになり、影響を受け、楽器を買った。

学生時代、バンドをやっていたことがあるが、ボーカルをほんの少しやったことがあるのみ。

いつか、時間ができたら、楽器をやってみたいと思っていた。

仕事が一段落したので、自分自身に対し、趣味に時間を割くことにokを出した。

電子ピアノとアコースティックギターを購入。

最終目的は、曲を作れるようになること。

その人にしかできない、ということに対し私は価値を感じるので。

そのために、まずは好きな曲をコピーして弾き語りができるくらいにまで練習しようと思う。

人は、外部からの影響を受け、その後の行動が変わる。

いつか楽器をやりたいとは思っていたものの、鬼龍院翔さんのことを知らなければ、このタイミングで楽器は買わなかったと思う。

今回は、背中を押される形で楽器を購入したのは、私にとってとてもいい影響だった。

いい影響は受けたいけれど、悪い影響は受けたくない。

いろんな事象は、自分の中に影響として侵入してくる。

その事象が自分にとって悪いものなら、排除したい。

それが悪い影響を与えるとわかるためには、正しい判断が必要。

正しい判断をするためには何が必要か。

大事なことと大事でないことの区別、今それをやるべきかを含め2つ以上の事象に対し優先順位を付けること、そして五感を鋭くすることと思う。

五感を鋭くするために、よく眠り、体にいいものを食べ、ストレスをうまく解消し、心身ともに健康でいることが大事と私は考える。


論文って、書かないといけないものなのか。

書かないと人間じゃないくらいに、今の職場では言われる。

自分が世の中にぜひとも発信したいことがあるなら、書く意義は大きい。

けれど、職場や組織に属するためだけに、仕事を辞めさせられないようにするためだけに論文を書くっていうのは、私のスタンスに合わない。

自分が、世の中に示したいことが出てきたときに、自分の言葉で、自分一人で論文なり何らかの形で発言すればよいと思う。

ネットなどほかの手段もあるのだから、雑誌の論文投稿にこだわる必要はないと思う。

また、上司に結局すべて書き直されてしまうのだから、私の意見ではなくなってしまう。

私の意見ではない論文というものにとてつもない時間を割くのは、正直、つらい。







最近たまたま、you tubeでゴールデンボンバーというバンドを見た。

その後、とても気になるので、ゴールデンボンバー関係のことをネットで調べたり、このバンドのメンバーである鬼龍院翔さんの自伝本、「ゴールデンボンバーのボーカルだけどなんか質問ある?」を読んだ。

なんかすごく、魅力がある。

ひきつけられる。

なんでだろうと思ったら、この鬼龍院翔さんという方は、ものすごく理論的で、理知的。

理知的なうえに自分やゴールデンボンバーを客観的に捉えている。

翔さんはとても頭がよい方だと思う。

そこにすごく魅力を感じた。

なんで、4人で活動しているのだろうと思い、他の3人の存在意義について考えてみた。

喜屋武さんには素の美男子像を、研二さんには肉体美や元気さを、歌広場さんにはまっとうなコメントや社会性を、ゴールデンボンバーというバンドにプラスして彩ってもらいたいということなんではないだろうか。

翔さんの作り上げたいゴールデンボンバーというのは、音楽レベルが高くて、面白くて、元気で、かっこよくて、でも社会からはじき出されるほど逸脱はしないというバンドなんだと思う。

でもそういうバンドを全部ひとりでつくりあげ、継続していくのは大変だし、かなり無理がある。

翔さん一人では完結できない部分を、他の3人に補ってもらっているのかなと考えた。

だから、このメンバー4人そろって、翔さんが心に描くゴールデンボンバーは完成するので、他の3人のメンバーがいないと成り立たないのではないかと自分では考えた。

違うかもしれないけど。

いろんな出来事を深く考えられるようになりたい。

そのためにブログを書こうと思う。