お客さんで、亡くなった私のおばあちゃんにソックリな人がきました

背格好も、髪の色や量も、
ほっぺたの感じもちょうど似ていて
なんだか懐かしくなりました
私のお客さんではなかったんですが、
私の方を見て、ニコッと笑ってくれました。
思わず目の奥が熱くなりました。
私は小さい頃、かなりのおばあちゃんっ子でした。金魚のふんと呼ばれるくらい…
トイレにまでつきまとい、多少うざい孫だったと思いますが、とてもかわいがってもらいました
今思えばイケイケで、オシャレをして、バスでどこへでも行っていました


夏休みの子供会の旅行に母のかわりに来たこともあったし、ラジオ体操にも毎日行っていたし、
おしゃべりとテレビが好きで、色々な情報を教えてくれたり、
時には、いう事を聞かない私達姉妹を雑誌『りぼん』でブン殴ってきたり(それも増刊号のぶ厚いやつ)、元気な人
でも、話長いし、ちょっとお説教だし面倒で
反抗期を機にあまり話さなくなりました。
それから、具合がどんどん悪くなっていって…
その時は、
おばあちゃんに会いたくなっても、話したいと思っても、絶対不可能なときがくるなんて全然考えていませんでした。
ノロマな妹が靴ひもを結べなくて、みんなが『早くしろ』と言う中、
おばあちゃんだけはずっと待っていました。
ばあちゃんはここにいるから、ゆっくり頑張んなさい
そんな風に、今も私達を優しく見守ってくれているのかな…?
ありがとうだけでも、言えたらよかった


背格好も、髪の色や量も、
ほっぺたの感じもちょうど似ていて
なんだか懐かしくなりました

私のお客さんではなかったんですが、
私の方を見て、ニコッと笑ってくれました。
思わず目の奥が熱くなりました。
私は小さい頃、かなりのおばあちゃんっ子でした。金魚のふんと呼ばれるくらい…
トイレにまでつきまとい、多少うざい孫だったと思いますが、とてもかわいがってもらいました

今思えばイケイケで、オシャレをして、バスでどこへでも行っていました



夏休みの子供会の旅行に母のかわりに来たこともあったし、ラジオ体操にも毎日行っていたし、
おしゃべりとテレビが好きで、色々な情報を教えてくれたり、
時には、いう事を聞かない私達姉妹を雑誌『りぼん』でブン殴ってきたり(それも増刊号のぶ厚いやつ)、元気な人

でも、話長いし、ちょっとお説教だし面倒で
反抗期を機にあまり話さなくなりました。
それから、具合がどんどん悪くなっていって…
その時は、
おばあちゃんに会いたくなっても、話したいと思っても、絶対不可能なときがくるなんて全然考えていませんでした。
ノロマな妹が靴ひもを結べなくて、みんなが『早くしろ』と言う中、
おばあちゃんだけはずっと待っていました。
ばあちゃんはここにいるから、ゆっくり頑張んなさい
そんな風に、今も私達を優しく見守ってくれているのかな…?
ありがとうだけでも、言えたらよかった
