淀君様
日頃、歩く習慣もない私には、鴫野の街から大阪城天守閣までは相応の苦行である。天守閣からの遥かな眺望は、また復路の距離を証明するに他ならない。
大阪の街を遥かに見渡せる天守閣から一番近い地下鉄入り口は…と思いめぐらす。
昨夜、呑みすぎた報いか疲労も重なり太股が痛い。やっとの思いで城内公園に行くと、植樹の中で一際に紅葉した木があった。
『ナンキンハゼ』と書いてある。白い実を絞り『和蝋燭』の原料にもするらしい。
赤く紅葉した落ち葉を手に取り、空にかざしてみた。
…むかし、むかしの風見の鳥の ぼやけたとさかに はぜの葉一つ はぜの葉あかくて 入り日色…(サトウハチロー作詞・ちいさい秋)…にあるように、確かに見事な入日色だ。ハゼの葉を意識したのは、この詩を知った最近の出来事だが、ここで大変な事を思い出した。ハゼはウルシと同様に肌が被れるのだ。と…思う間も無く、指先には微妙な感覚が発生。
慌てて、手にした落ち葉を手帳に挟み(捨てるのも負けたような気分だしさ…)で、公園の手洗い場で指を流水にさらす。
痒みが収まり、『思い付きで遊ぶと、散々だな…』と思いながら、ようやく城郭内陣の長い階段を下って、城外の並木道に出た。
私は城の方向を見上げながら、『楽しい時間だったが、まぁ、ここには…もぅ、』と思いかけた瞬間だった。
突然、公園の藪から飛び出して来た何者かが、私の足にタックルを当ててきた。
それは私の足元で身をクルンクルンさせながら回っている。
猫…だ。何故に、この状況で猫が?
猫は、私が城内公園の階段を下ってくる様子を伺っていて、待っていたようだ。
猫は私の跡をついてくる。仕方がない。
猫を相手に、しばらく遊ぶ事にした。
時期も時期だし…私は猫に『淀君様』と名付けた。
『淀君様』は、私を相手に満足したのか、私が帰路に付くべく立ち上がると…すっ、と姿を消した。
『今日は長らく、お疲れさまでしたね…』


