スカイクロラ…死と期待された来世 | HOODのブログ

スカイクロラ…死と期待された来世

mini_161017_15010002.jpg

mini_161017_15010001.jpg

見たい映画はあっても、時間の都合が意外と見いだせない。
基本、私は自由人生活だが『自由と言われるほど自由ではない…』、話題の『シン・ゴジラ』もまだ未知未見のままだ。


そうやって劇場公開を逃した作品の一つに映画『スカイクロラ』がある。SFアニメ作品としては静謐な感触の強い作品であり、幾度も転生を繰り返しながら戦いを続ける若者達を描く。その心象風景には、戦前の特別攻撃隊隊員に似た『死の未来』に支配された空気が漂う。

『死』の境界が曖昧なまま戦場に送り出され戦死する若者達に、贈られた『期待された来世』…輪廻を断ち切る方法は自らの死以外にあるのだろうか。

その作品中、印象深いシーンがある。それは、主人公青年と生死の交錯に生きる女性士官が執務する部屋の描写。

モノトーンな室内、机の背後に窓。窓からは飛行場の風景が遠望できる。感情や情感を排除した二人の会話…その室内描写と、一昨日に訪れた筑波航空隊記念館の士官室が、デジャブのように重なった。
記念館公開は映画『スカイクロラ』上映より後年であるため、記念館が作品に与えた影響は見当たらないように思われる。
だが、見事なくらいに記念館館内の士官室を見た瞬間、自分はスカイクロラの作品世界に入り込んだような錯覚すら覚えた。『たぶん、誰も私の到着は待っていない。ただ、期待された死が用意されているはずだ…』

滑走路を望む士官室の窓を境界として、三角形に似た時間軸の存在があるようにも思えた。以前に読んだ吉本隆明著『言語にとって美とは何か』論中に、時間軸の演題として能『東北・清経』を取り上げていて、時間の矛盾を開拓する世界が能なのだ…と、私は勝手に解釈したのだが、時間を強く止める支配空間は、時に人を妄想から現実の深淵へと招き入れる。

そういう私個人の妄想や感想は別にしても、筑波海軍航空隊記念館は周辺の建物や雰囲気も含めて、心への問いかけとして味わって欲しい。記念館の方に伺うと、来年以降の公開は未定との事であり、多少なりとも人々の関心を得られればと望む。