Love trip
台風が近づく不安定な昼間、隣町で能のレクチャーがあったので出掛けてみた。
隣町は、私が十五才まで暮らしていた地区で、心象的には故郷とも呼べる場所かも知れない。が、この地を離れて四十年を経過。今は町も様変わりして、顔を知った友人とて一人もいない。
幼い頃、両親に連れられて入った店すら一軒も残っておらず、有数の企業城下町ではあったが様々な世相を受けた結果、町は寂れた。
変わらぬ風景を探して少し歩いてみる。
一枚目…電気式鉱山鉄道が引かれていた道。ここにトロッコ列車がガタコト走っていたらしいのだが、道に少しだけ面影があるかな。昔、道の先に甘味処があって、思い出深い場所。むろん、今は店は消えて、普通の住宅家屋に変わっている。
二枚目は昭和四十年代に町の顔だった中華料理店の跡。建物に往時の面影が残る。店頭のサンプルやメニューには『当店自慢の肉まん』と記載されていたが、いつも『今日は、売り切れです』と店員の冷たい返事しか記憶になかった。幻の肉まん…本当に『肉まん』は存在したのか。食べた人はいたのだろうか。
頼みの企業に元気がなくなると、一番に影響を受けるのが地域の飲食店だ。
小学校の時、クラスメートに『みゆきちゃん』と言う可愛い子がいた。彼女のお母さんが経営する小さなスナック店が駅裏の路地にあって、たまに夕方など店の前を行くと、開店準備をしている姿が見えた。そこが大人の世界で、彼女の家に遊びにゆく事がためらわれた。町の子供と社宅住まいの子には目に見えぬ壁があった。
ある年の暮れに珍しく大雪が降って『みゆきちゃん』と一緒に雪だるまを作った。それは、確か写真に残っていると思う。負けず嫌いな彼女は巨大な雪だるまを作るべく大奮闘、私は彼女に激励されながら雪集め…裏通りを歩くと、そういう記憶など急に甦ってしまい、心象の扱いに困る。
あの美少女も、私と同じく還暦に近いはずだ。そう考えると時間だけは平等に違いないのだが、やはり少女の後ろ姿が走り去ってゆく…そんな記憶のままが良い。


