みんな灰になる
お世話になった方の棺が目の前にあるのに、そこ故人がいる気配はもはやない。私の祖父が百一才で亡くなった時、人は頑張っても百年足らずの人生なのだと知った。たった百年で何が出来るんだろう。
せめて、子に伝えるものがあれば幸せというものか。
お世話になった…と書いたが、故人は短気で非常に気難い老人であった。むしろ、私は昔風の江戸弁で怒鳴られたり、お説教(僧籍だからね)を貰っていた。一応の信頼を得るのに一年くらいあったように思う。
そのうちに老人からの指示もなくなり、勝手次第で作業をしていた。私が適当にサボり、要領よく済ませていたことは承知していたはずだ。
晩年、老人の体が動かなくなり始めた頃、私に『俺が死ぬまでは、辞めないで来てくれよ…』と、その約束は守れたと思う。
明日は告別式。
さようなら…ぁあ、さようなら。
