カメラ時代
ミノルタSR初期型・巻き上げ側の内部。
徒にジャンクカメラを増やしても無意味なのだが、少なくともミノルタSR初期型に関しては『使う』という名目がある。
一方で、無性に修繕してみたくなるカメラもあるのだ。
それが『ペトリ』、何とも曰く言いがたい会社である。
例えば、文芸散歩として著名な野田宇太郎が資料撮影に使用したカメラがペトリ製のハーフ版カメラである。決して信頼性の高いカメラではないはずなのに、その選択はあまりに清貧過ぎ、感銘すら覚えてしまう。
あるいは民俗学者宮本常一は、オリンパスペンとペンタックスSPで膨大な映像資料を残した。作家松本清張は戦時中は諜報の特殊任務に就いていたという逸話があって、戦後も様々なカメラを使っているが、使用した代表的なカメラの一つがオリンパスEEDである。
彼らに共通するのは撮影にニコンやライカではなく、庶民的な機材を選んでいる事だ。
その庶民派の最右翼が『ペトリ製カメラ』なのである。
中学時代、クラスメートで一人だけ一眼レフを持っていた子がいて、それがペトリ製であった。彼は『ペトリは安いけど性能は一流なんだ!』と自慢していた。
そういう思い出も手伝って、ペトリ追想に走りそうなのだが…。
さらにペトリに魅力を感じる理由として、その独特のシャッター構造がある。言葉では説明し難いが、一軸シャフトをスプリングに通して『動力的な配置』で作動させている点だ。これは、ジャンクを入手してもアマチュアでは修理は不可能な構造に違いない。
ペトリ製のカメラは、いずれも壊れたら、どうにもならぬ…その儚さがマニア的なのだろう。
