老カメラ | HOODのブログ

老カメラ

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実家にいる。痛めた右足捻挫、ようやく痛みは減ってきたが、強くは力が入らない。出歩きが面倒だし酷暑に過ぎる。引きこもり生活を楽しむべく、以前に買い置きしてあったジャンクカメラを解体整備。

ミノルタSR1・1959年発売。三万六千円…と手元の資料にはある。所有する一眼レフでは最長老カメラだ。ジャンク屋からワンコインで買ってきて実家に保管しておいたもの。あまりに旧式過ぎてスナップ撮影用としての期待は薄かった。だいぶ前にも一度、ジャンクの本機を分解した時、さながら戦前の『町工場の空気』漂う部品仕上げに修理を諦めた記憶があった。

しかし、今回の台は全体の状態も良い。シャッター幕は低速以外は可動していた。低速部の作動不良の原因は油切れによるものが多く、たいていは注油で復活する。分解に手慣れてきたシリーズなので、分解・注油に一時間もかからずに作業は終えた。

さっそく街へ持ち出してみる。露出計すらない真のマニュアルカメラを初めて使ってみて『清々しい解放感』を覚えた。
デジカメでの撮影中はモニター確認、ホワイトバランス、ピントの精度など作品作りに神経を使う。いつしか、私は電子機器に指示されながら撮影するストレスに蝕まれていたようだ。デジタルは、しょせんは信号の羅列でしかない。
対して、マニュアルカメラはフィルムを装填、撮影しては巻き上げ、自分でピントを合わせる。五十年以上も昔に製造されたカメラのカバーを外して内部を改めて確認したが、後発のSRT101に比較して精密機械感が違う。本機はやはり内部に戦前の工場、旋盤が鈍く回転しているような雰囲気が漂うのだ。そこが、このカメラを使用しながらの魅力でもあって、裸電球の光が持つ暖かさ…時に、どうしようもない寂しさでもあるが、表現を変えれば庶民にとって『質素』が普通の生活だった…そういう時代性を教えてくれる。これは、もう一台くらい買ってしまいそうだな。