能で軽いネタ振り | HOODのブログ

能で軽いネタ振り


予習のため取り出した観世流大成版五番綴…並ぶ演目が何気に重いのだな…特に真ん中の老女能『檜垣』が、凄く重たくて本を開くのも辛い。
『檜垣』は、私が師匠に習う事はないだろうし、人前で謡う事もありえないな。
真に老人の孤独を陰影深く描いた『木賊(とくさ)』や老女能『姨捨』『檜垣』は、役者の経験を積み上げた玄人専用曲だと見る。老女能とは能楽においての完成形の一つだと思う。演技や作品論としても到達点と言えるかも知れない。


老婆が回想する若き日の世界。老いの恥辱、若さの恥じらいが混然一体となってゆく。私は、それが『女性の精神的肉体と時間的肉体』の相剋だと思う。そして、それこそが年齢に関係なく幼女から老婆まで変わることない『女の本質』だと思っている。

極端な例を引けば、今から六十年後の未来の『峯岸みなみ』に会いに行き、サインして貰い握手して…推しとヲタが互いに若い時代を懐かしむ。下世話過ぎるとも思うが、そこで『みいちゃん』の可憐な儚さを味わう。

それが老女能。


あまりに酷い説明だ。

あんな下品な娘達の集まりと能楽を一緒にするな!…と、お怒りの方々もあろう。でもね、私は『みぃちゃん』が婆さんになった時に、回想の中で『純クレ』を歌うシーンなんて、まさに能だよなぁ…と妄想してしまうんだな。