推し…ヲタ愛3
近所のリサイクル屋を物色していたら古い六切りサイズの写真パネルがあった。
写真は四十年前くらいの北海道を走るD51737号機走行シーン。貨物列車を牽引して雪原を疾走している写真だ。写真には傷もあり価値は薄いのだが、携帯でネット検索してみると、この機関車は廃車解体されずに、貸与されて和歌山県内で静態保存されていた。
※かなり荒れ果てて哀れな状態で展示されている様子が記事にある。
写真というのは記録であり、現実を折り曲げてはならない。光などの演出はしても、時間や場所を偽装しては写真は記録という生命を失う。
私は写真家セバスチャン・サルガドが好きで、能楽もあのように撮影出来たら…など妄想と空想を重ねているが、いかにも現実は厳しい。
話を戻すと、パネルに残る現役時代の勇壮に大地を走る姿、保存され荒れ果てたスクラップ寸前のネット上にある姿、いずれも機関車D51737の記録と現実を伝える写真である。写真とは、そういう役目を果たす存在なのだと私は思う。
その意味を踏んで、話の展開を飛躍させてしまうのだが、反転させた写真の中に写る『峯岸みなみ』へ、私はリアルに反応してしまうわけであり、推しへのヲタ愛は断じて肯定して止まない。
しかし!…である。
反転した写真を『峯岸みなみの写真』として納得しているかと言えばかなり辛い。いや、写真として容認出来ない。おそらく本人は意外と気に入っているかもと推定するが…私の心は乱れる。ヲタ愛ゆえに♪…僕は苦しい…。
