まな板
昨年、近所に咲いていた椿。暮れに区画整理で伐採されて今は跡形もない。後ろに見えるのが、愛用の『まな板』
夕方、帰宅途中のスーパーに立ち寄り買い出し。雛祭りセールで鮮魚売り場に蛤があったけど、体調も今一つ。夕食は簡単に済ませた。
自炊の後片付けで、まな板を洗う。
私は、まな板は木製でないと料理を作っている感覚が持てない。野菜を刻む際に包丁の刃先が板に止まったり、刺身などを引いた時など板と身の狭間に感じるさばき加減が、木でないと気分が悪い。
確かに、木のまな板は黒ずみが浮きやすく面倒ではあるけど、樹脂製にはない感触があって好きだ。
風呂を薪で焚いていた頃、親の手伝いで使えなくなったまな板を、鉈で割り薪にした。風呂罐で燃やすとパチパチと燃えて木の香りが漂う、あの瞬間は得難い心地好さ。
道具の使い始め、その最後までに起承転結が生活の中にあった。その辺りは、今と大分違う。どっちが良いという話ではなくて、後始末が自分で可能だった事は精神的に楽であったように思う。
