その日、鰻が食べたい。
鰻…最後の晩餐に選びたい食事の筆頭。
食べ物が旨いと感じるうちに、堪能しておきたい…そう願ってきた。
他にも美味しい物があるって?
知らん!
しかし、その願いは虚しくなりつつある。
鰻がいない。高騰に次ぐ、高騰で街から鰻屋が消えつつある。
私の知る限り、都内の名店も幾つかが閉めた。
荻窪にあった『安斉』は、私の学生時代に開店した店で、ひっそりとした静かな店内に香る鰻の香り…あの一時は忘れがたい。しかし、メディアに紹介された後は、急速に有名店になってしまった。
ちょっと気難しい2代目の店主が、近年 は夫婦で営まれていたが、(数年前に閉店した情報。しかし、近年再出発したらしい…個人的には未確認)
『安斉』の鰻は、かって私が幼少の頃、初めて食べて感激した絶妙の鰻、福島県郡山駅前にあった『山本』を彷彿とさせた。炭を用いて焦がさずに、ふわりとした焼き加減、わずかに主張する皮の油、その旨味。白く輝く白米の香りが、鰻と鰻のタレを絡ませ…食する人を魔境に誘い込む。
とにかくだ。
私の人生も残り数十年だが、鰻屋が無くなる危機を目前にしている。
しかし、打つ手はない。
人生の追悼を飾るべき食事が…たぶん家族との思い出とか、様々な人生が走馬灯のように流れ、私は涙する。
その食事が、無くなる。
ならば、私に棺は不要。
鰻蒲焼きを詰めた重箱…それが欲しい。

