明治時代からのメッセージ | HOODのブログ

明治時代からのメッセージ

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実家の両親が見ている大河ドラマ『八重の桜』、たまに帰省すると食事時なので、一緒に付き合う。

今週は『会津攻防戦』…実際に悲惨な内戦となり、殺戮と戦火に荒れ果てた武家屋敷の並ぶ町内は死者の屍が野ざらしにされた。
後始末を薩摩長州の官軍が禁止したためと云う。

以来、会津が薩摩長州に寄せる恨みは現代にまで至るわけだ。そういう背景は、福島や東北に生まれ暮らした人々でなければ、理解し難い史実だと思う。

武士同士の戦いというよりも、政治的な戦略戦争に近い戦いであったようにも思える。その思惑と錯誤が、次第に明治政府を歪めていったようにも思う。


あの時代、母方の高祖父の一人に佐久間某と云う江戸南町奉行所与力であった人物がいる。

佐久間はペリー来航時に、浦賀で外務担当を命じられた一人で、かなり英語にも通暁していた。

ゆえに官軍との戦いには赴かず、いち早く新政府の官僚になった。
そして聖書を翻訳したり、医療看護の志望であった娘を米国に留学させたりしている…
(この娘が私の曾祖母だ)

新島八重や曾祖母のように、明治時代に活躍した女性というのは、時代が人を産み出した結果だと思う。

江戸の社会価値観から一歩踏み出した才能であるのは確かだが、一方で立ち塞がる社会矛盾の前に、真意を語らぬ事も多かったに違いない。