ラファエロ展に行ってみた。
どしゃ降りになる前に帰宅。
台風が近づくと人は神経が高ぶると云う。
確かに、ハイな気分になったりする。
私が喘息発作に陥るのも、この時期だ。
ところで…。
先日、上野にある西洋美術館に『ラファエロ展』を見に行ったんだけど、長い行列待ちでね。
しかも、展示されている作品はルネサンス期の代表作、つまりさ。宗教画がテーマがズラリと並ぶわけ。最初から見て行くと次第に僕の脳内が、本当に巡礼している使徒みたいになってゆくんだな。
しょせんキリストだって人間だよね。生まれ変わるわけないじゃん…と思って見ていても、なんだろうね。ラファエロの絵画手法も十代の頃は教会の壁絵だった描写が、次第に実態的に生々しく変化してゆくのさ。
その説得力が半端ないんだ。だから、展示作品の中心『大公の聖母』なんて、近代思想に基づく肖像画なんだよね。聖母という記号を用いたリアルタイムの人間の姿、その母子像に変化してる。
この作品を買った貴族が、何よりも優先して保全に努めた心情って、とっても理解出来るんだ。
当時としては、高額な料金をラファエロに支払ったのだろうね。宗教画というよりグラビアなんだよ。そんな時代がルネサンス…教会の宗教画が、やがて絵画ヲタクの貴族を購買層にして売り上げていったんだな。
カトリック教会で旧思想の司教なんかが『これがフィレンツェの絵画界の実情です…』なんて、もっともらしい顔で言ったかも知れないよ。
でもさ、そんな事言っちゃあイケナイよね。だって、こういう絵が売れて、人々が教会に足を運ぶんだからさ。
最近でも、どっかの作曲家が審査員しながら、選ばれた楽曲が紹介する際に『…これが今の音楽界の実情です…』と言い放ったのを見たけど、マジに本末転倒だよね。
絵画や音楽って、人々が望む形で売れて行くんだよ。作家は、そのシーンを的確に予見してリードするから、偉大でもあるんだ。
作家が産み出さなきゃ、何にも始まらない。
あっ…また、話が逸れちゃった。
