被災地に私の家がある
二年目の春だ。
私の生まれ故郷である福島は原発事故の災禍に苦しむ。
実家のある北関東にも原発があり、震災当時は破綻危機を当時は抱えながらの日々を過ごした。
当日、私は実家より上京し、渋谷の能楽堂に向かう途中であった。。食事を渋谷の鯨料理店で済ませて、松濤の坂を上がりかけた時に、地震はきた。
その少し前、鯨料理店で楽しそうに食事をしていた老夫婦…旦那様は、かなり酒を楽しまれていて上機嫌で、足元をふらつかせながら席を立たれた。
あるいは、都心に向かう列車内で私の前の席にいた女子学生。見送りにきた親から手渡されたイチゴを食べながら携帯を弄っていたが、おそらく目的地にも行けず、家にも帰れなかったはずだ。
そんな災難も、震災地の悲劇に比べれば些細な事だ。
仮泊した能楽堂のロビーで見たテレビ中継の惨状。
私も、実家には連絡が付かず、やがて福島の原発事故は深刻な事態へと推移した。
都内に生活して安定した収入がある人にどれだけ想像力が
あるのだろう…一夜に全てを失う人の苦しみは理解し難いはずだ。
また理解する必要もない。
ただ願うのは、遠隔地における対岸の火事に思わず、必然であろう明日に備えて欲しい。
