最後の一皿
自炊で難しいのは、料理に季節感を出すことだ。どうしても似たような食事になりがちで、季節感のある食材は高価な物が多い。
今ならば山菜ではウルイにタラの芽、蕗の薹。海ならばサヨリやサワラ、蛤にトリガイ…贅沢過ぎだな。
ふぅ…。
季節料理を求めて、店で一献。確かに楽しい、夢のある場所ではある。
一方で思うのだ。
食べたいと強く念じているうちは、人間は死なないな…元気な証拠だと。
しかし、実家の両親などは夏になると『産地で鮎が食べたい』と口にする。
だが、いざ食べようとすると今度は『原発事故』で鮎は禁猟であったり業者が撤退したり…。
春、東北の山野では山菜が籠に一杯採れる。けれど、今は春の山野を巡る人はいない。汚染で採集する喜びもない。
そういう冷酷な運命を穏やかな死として眺めさせられる実感もある。
純粋に食事の楽しみは、あの震災が来る三十分前に渋谷で食べた『鯨定食』を最後にして終わった。
あの時が、無邪気に食事の快楽を味わった最後の一皿だった。
