獅子の座
大正時代に人毛で作成された本鬘…何かの理由があって髪を売った女性がいたんだよね。
推しの方々が更新している各ブログを拝読。失望、怒り、冷笑、あるいは心機一転の期待感…実際に握手会などに参加した方は、心穏やかであるはずがない。
さらに『坊主刈り姿』は全世界に配信されて、これを炎上商法と呼ぶのならば…結果として成功と考えるのか。
ようつべに配信された姿は、西欧の人々にロバート・キャパ撮影の写真作品、あるいはアウシュビッツに監禁された女性達や中世の魔女狩り、異端審判を想像したのだろう。
そのくらいネガティブな話題となってしまった。
活動辞退、解雇、降格…いずれも困難な道である。今回の一件で、アイドル活動が破綻した以上、次の展開は一人の女として生きる道しかない。
元来、処女とは精神的な寓話である…と考える私には、今回の一件に衝撃は少なかった。
むしろ、女は母親から生まれ落ちる瞬間から『本能で生きている獅子みたいな存在』だと思っている。
男が、赤ちゃん、男の子、男と発達する過程で覚える事を、女は最初から知っている。どこに我が身が進むのか理解している。それだけの男女差があるのだ。
しかし、今の彼女を導く星は見えないだろう。やがて、向かうべき星を見いだした先に『獅子の座』はあるのだろうか。
私は、自分自身の生き方を問う意味も含めて、今後も彼女に注目してゆく。
そう簡単に、推しは辞めないんね。
