愛しのエノラ
『ねぇ…エノラ。いつ見ても君はキュートで可愛いよ。今夜のデートは、映画を見ようか…』
当時、アメリカで上映された作品には『オズの魔法使い』『スミス、都へ行く』がある。
作品詳細には触れないが、戦争中でも優れた映画作品を産み出す背景が、対戦国にあった事実を日本人は、どれだけ知っていただろうか。
日本が真珠湾に爆弾を投下した瞬間、政治、工業、科学、医学、思想史、文芸に至るまで扉が開かれて、世界は静かな核戦略へと変貌の道を進んだ。
そこを、おそらく日本はもとより、米国も認識はしていなかった。しかし、歴史の文脈を整理し、統合した能力は米国の方が早かった。
その認識が、最初に具現されたのが『ミッドウェー海戦』なのだと私は思う。
ミッドウェーの洋上で敗北した南雲艦隊の指揮が、特に劣っていたわけではない。彼らは、やることは、しっかりやって戦っている。
しかし、劇的に進化展開する戦争形態と社会、支えて行く自国の国民のあり方、その世界観の認知という視点で、新しい時代の土地を開拓するフロンティアではなかったのだ。
それが、日本が敗戦に至った敗因だと思う。
