『シベリア』代々木能舞台…写真屋の独り言 | HOODのブログ

『シベリア』代々木能舞台…写真屋の独り言

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週始めから、毎日のように撮影活動の拠点である代々木能舞台に行っている。


今回、初めての試みとして本格的な演劇公演が、能舞台を使用して行われているのだ。


『シベリア』
銀波楼という名の娼家

原作小松重雄
脚本・作詞・演出
福田善之

昭和初期の東京下町、洲崎を舞台にして展開される男女の愛憎と悲哀を、人間達を見守る九十九神を語り部にして、劇は進行する。


さて…通常のホール舞台と異なり、能舞台は舞台自体が一種の潜在意識を有した場とも言える。役者や芝居を支える力も与えれば、逆に役者を殺すことすら可能な場でもある。


現在、『シベリア』は、公演中であり劇自体の内容には触れない。

この十年、代々木の舞台整備を手伝ってきた者として、一つ言える事がある。
それは、能舞台は現代演劇でも立派に支えきる力がある、役者の演技を助ける場になりうる…という事だ。


演劇とは、時に先鋭な存在である必要があって、言葉を変えれば『タブー』という表現制約を持たない。むしろ、もっとも忌み嫌う。ならばこそ、舞台表現とは人が支えて行かねば、瞬時にして滅びるものた…と。

また、見方を変えれば能は『タブー』を有さないのではなくて、『タブー』側から離れていった結果なのだ。
その視点で言えば、まさに現代演劇は、板一枚に張り付けられた男女にも似て、常に表裏一体と私は見ている。


この項。少し、続く…。