ファンは身銭を払って楽しむ
先月5月31日付朝日新聞朝刊…論壇論評・あすを探る・濱野智史『AKB的「劇場」を政治に』という一文が掲載された。
先日のブログ内で、この『選抜総選挙』に触れた際、おそらく政治的シーンに絡めて実践を説く輩が出るに違いないと、私は予想した。
案の定というか…有識者と称する一翼の理解力とは、この程度か…寂しい現状を再認識せざるを得ない。
この『選抜総選挙』とはファンがお金を払い、好きな推しメンを上位にしようと票(CD)を買う、いわば氏子等が祭りを楽しむ奉納金なのだ。
また、商業演劇に限らず古典芸能も含めてチケットの売り上げとは、各所属会員とファン、弟子達のまとめ買いにて成立している。
『選抜総選挙』とは、そうした流れに巨大な広告システムを加え、大規模に拡大した『祭祀』なのだ。
確かに、明日の選挙に寄せるファンの熱気と歓声は高い。
彼女達とファンは一体化した姿は、御輿と氏子の関係に近い。
だが…それを国政と政治に対する民意や民衆の総意と同格に扱い、『AKB的現場』現象を政治への信頼と実践に繋げようとする論旨は、甚だに浅学すぎよう。
彼女達とファンの関係のごとく、政治と民衆・民意の距離が近づいた場合に想定される事態とは、いかなるものを生み出したか。近現代史が証明してことを忘れてはならない。
どだい、ファン自らが金を出して楽しむ祭りを、政治や社会論として止揚するには無理があるのだ。
また私は日の浅いAKBファンではあるが…濱野氏に一言問いたい事がある。
『そこまで新聞紙上で論のネタにされた以上、せめて一票は彼女達に入れましたよね?』…と。
まぁ、『有識者』等は読んでいないだろうけどね。
(ФωФ)
