開花 | HOODのブログ

開花

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植物を育ててみて一つ知った事がある。植物には都合というものがない。
ここでの都合とは、すなわち我々による『人間社会の都合』が通用しない事だ。
単純な様に見えるが、自然の摂理に従って植物は忠実に、かつ厳格に生きているように感じる。

そして適切な管理を施せば、確実に答えてくれる対象でもあるようだ。

昨秋に植えたムスカリは、十日前には一つだけ花の穂先を伸ばしていたが、今週帰省して庭を眺めると一面に花を咲かせようとしている。

花は原発事故も不況も知らない。花は咲く行為において、人間の都合など斟酌しない。
時に、親しい人の死や別れもある。
それでも春が来れば花は咲く。
咲いた花を眺めている私に、花は私も生きている事を無言の中に教えてくれる。
ゆえに樹齢数百年の大樹などは、生きる事において絶対に『厳格な意志』であるに違いないと…その乾いた幹肌に触れながら耳を傾ける。
私が雑草を摘む事に強い躊躇いを感じるのは、雑草と老樹に植物の生命として大差はないと思うからなのだ。

しかし、雑草は人間の都合で抜かれる。私も雑草を抜く。
抜いた雑草を乾かし土にすき込む事で、せめてもの慰めにするのだ。