踊りが好きで…弐
『舞・舞踊』に適した身体とは何だろうか。
主題やテーマを表現できる手足や肉体という事だが、人には個体差がある。誰もが美しい彫刻のような体とはゆかない。
その欠点を補う必要がある。補うためには『鍛錬と推敲』しか手はない。
また、若い時期は肥満に悩む事も少ないが、中年の域に入ると体重増加は逃れられなくなる。
私が減量と禁酒を元旦から開始したのも、要するに『身体言語』が鈍く感じた…なのである。
太ってしまった肉体では主題を描く作業は無理だ。
腹の出た中年男が、紋付き袴で天女を演じたとする。しかし、観客の想像の領域であっても、もはや破綻は免れない。
能には『時分の花』と云う、美しい時期を意味した言葉がある。分かりやすく言えばAKBの彼女等が、それに相当しよう。若さゆえに華やかで欠点を隠してくれる。
その時分の花が失せて、年相応を迎えた世代が我々である。中年とは『色を失い、なおも匂う花』の世代なのだろう。
そういえば、素人弟子の男性が女物の能(鬘物)を舞うのを嫌う考え方、それは玄人素人を含めて、そうした意見があるらしい。
しかし、身体表現の可能性を考えると、性別や年齢に関わりなく、演じるための場はあって良い。
そのためにも『身体維持』が大切となる。最後には色も失せ、匂いも消えて…何が残せるのか。
そうした意識や志は高くありたいと願い…舞が好きならば、諦めないで真摯に勤めよう、自らに言い訳しない…と言い聞かせている。
