初心。運足と撮影
まとまらぬ話をする。
今更の話だ…写メは、写真を始めた時に最初に手にした機材ミノルタSRT101とMCf55ミリ1.17。
購入した当時、すでにAF一眼からデジタル一眼へ移行しようかという時期である。まして製造販売されて20年以上経過していた。
しかし、このような機械式カメラの存在感は、他の最先端にある機材とは比較にならない程、カメラの魅力に溢れていたと思う。
私は、この標準55ミリの描写が大好きで、撮影に迷いが出たり悩んだ時には、今でも『初心に帰れ!』と、必ず持ち出して撮影してみる。
上野や谷中界隈、東京から神田あたりを一台のカメラ、一本のレンズだけで追ってゆく。
有楽町駅のガード下と神田駅ガード下の違いとか…
実際に歩いてみないと、見えて来ないものが沢山あるのだ。
そして気が向いたら、知らない街で良さそうな店を探して、まずは一杯やってみる。
私は撮影において、未だ『被写体の本質』を知ったとは言い切れない。
今、私に必要なのは無心に撮影する事だ。飲んだ酒が、体に染み込むように『無心で撮影』する肉体感覚が欲しい。
私の撮影専科である能楽に例えると『運足、運び』というものだろう。
運びの稽古とは、能の基本的動きを支える運動である。
その運動中に、何か雑念や舞台への功名心が芽生えると、たちまち運びに迷いが出てくる。
ゆえに、迷った時は無心の稽古や叩き込みこそが、時に本当に自分を救う手段…なのである。
