池野伝吉 続 | HOODのブログ

池野伝吉 続

HOODのブログ-110802_1447~0001.jpg

曾祖父池野伝吉を、もう少しほど。

曾祖父は戦前の教員としては、いささか無鉄砲に英語教育に邁進した人だったようだ。

その行動力が、どれほどに各地で人々に貢献したかは私には判らない。

叔母の女学校時代。娘の授業参観日に来た池野伝吉。何を思ったか別室に学内の英語科教員を集めて英語授業を始めたとか…曾祖父にとっては、見るに見かねての結果だったのだろうか。
おそらく、一歩間違えば『迷惑な人』扱いであったろう。

そういう突出した能力やキャラクターは、間違いなく社会生活ではメリットよりデメリットが大きい。
当時としては、語学能力を遺憾なく発揮した人であったが、やがて戦争が激化すると周囲から遠ざけられてゆく。

何より『軍部の方針』に反対であったため、その発言によって当局から目を付けられ、自宅近くには特高が時折来ていたそうだ。
(それでも池野伝吉が連行されなかったのには理由がある)

しかし、社会的には戦争も末期となり池野伝吉の記した書簡を読むと、父親として手本となるべく、本土決戦の時は死を静かに覚悟していたようだ。
戦争に反対する事と国の為に戦う事は別である…と考えていた。その意味では伝吉も愛国者の一人と私は思う。誰もが死を思わざるを得ない時代であったのだ。