曾祖父池野伝吉
一昨日、父方に当たる老叔母に会ってきた。
叔母は戦前では珍しく恋愛結婚に近い形で結婚をしたのだが、その相手(叔父)を父親(私から見れば曾祖父)に紹介した時の話を聞いた。
私の曾祖父は、無名であったが一徹で博学な英文学者であった。
現在でも、大学を出て社会的にも知られた会社や役所に勤務しておれば(曾祖父は職業軍人は嫌いだった)娘を嫁がせて安心…と考える。
ましてや戦前の事だ。地位や学歴は、現在とは比較にならぬくらい優先されるが、しかし…曾祖父は少しだけ変わり者であった。
緊張する叔父を前に、曾祖父が曰く。
『君、そこの書棚から、あの本と、この本(原書だったそうだ)を取ってください…』と叔父に命じ、『その本、何ページを開いて、原文読んで訳しなさい』…と突然に口頭試験をした。
難しい原書を朗読し、汗を吹き出しながら必死に訳をする叔父。
静かに黙して聞いていた曾祖父は『宜しい、読み、訳ともに正しく合っている…もうわかったから、二人とも向こうへ行って良いよ…』と。
以後、めでたく交際を承認された叔母と叔父であったが、実は曾祖父の試験は別のところにあったらしい。
後日の談。
曾祖父『僕はね、彼の本に対する扱い方を見たくて英訳をさせたんだよ。外語専攻ならば訳は出来て当たり前だけど、本を丁寧に扱うかどうかが大切だった。彼は細心の注意を払いながら本のページを開いたので、これなら安心だと合格させたのだ…』
今時、こんな父親もいないだろうし、そんな話も聞かない。だが、娘をとても可愛がっていた父親が、娘のために考えた末の面接だったと思う。
物事は一つではない。
一つの事を完全に達するためには、幾多の答えを必要とする…それが見識という方法なのだ…と教えられたように思う。
実に70年以上も昔の話ではある。
