俺の話が聞きたいか?
俺はシーズー犬…テツと呼ばれている。
今は亡き能役者に俺の顔が『眉のあたりが似ている、』と、家の若旦那が一目見て、『テツ』と名付けたらしい。
その若旦那は江戸との往来で留守が多く、滅多に顔を見せないね。実際に世話をしてくれるのは御隠居様と奥様の二人だよ。
季節ごとに、俺が好きな食べ物や着たい服も買ってくれる。さらに髪結いや医師も付けてくれた。
まぁ、このまま天寿を全うするまで暢気に暮らすつもりだったが、春先の大揺れだった日以来、どうも違うようだ。
たまさか江戸から帰宅する若旦那や隠居夫婦の会話を聞いていると、人間には深刻な状況が発生している…のだな、と。
しかも口が悪い若旦那は、俺を気まぐれに捕まえては『お前の寿命も半分はカットされたな…残念だねぇ』と冗談なのか、本気なのか判らない事を云う。
だが、人間の世界の事情は犬の俺には関係ない。
俺に能役者の名前を付けた都合と同様な理由で、人間達は成功と失敗を繰り返しているのだろう。
『物事を良かれ』と考えたつもりが、いつしか『良かれ』を目指す事が目的に変わって、手段となり結果を見失う。
『都合が良い…』、社会的に生きてゆく人間にとって、この上なく好きな選択意識の一つだろうよ。
しかし、都合の良さが、結果良し…とはならない事を、犬に生まれた俺にはよく判るのさ。
犬の名前を付けるように『都合良く』運ばないものなんだょねぇ。
