伊勢物語八十四段
写メは祖母が幼い頃の私と拾った貝殻。死後に祖母の私物より出てきた。
この八十四段は、幾度か高校などの教科書に掲載されていたと記憶する。
思うに、歌とは限定された文字数と決まり事の中に詩劇を演出する文藝手法だが、初心には読み味わう手引きが必要だと思う。
その手引きが、中学や高校の古典授業だ。
それは英語でも同様であろうが、しかし残念ながら古典や英語にしても『訳しなさい』とは求められても『味わい方』は教えない。
心で体感する経験を養い、初めて理解できる世界だとおもうのだ。
『さらぬ別れ』より
宮仕えし帰らぬ息子へ、とある母親が読んだ歌。
…老いぬればさらぬわかれのありといへば いよいよ見まほしき君かな
かの子、いたううち泣きてよめる。
…世の中にさらぬ別れのなくもがな千代もといのる人の子のため。
『さらぬ別れ』の離苦と『千代ともいのる…』と祝句性を重ねて、言葉の相反作用を利用して深く情愛を歌に込めている。
普段、我々は肉親、家族や恋人との別れを想定して生活はしていない。
まして『さらぬ別れ』は死別という事だ。
だが、平安時代は命は儚く消えるものであった。
健康に生きる事が難しく稀であった時代に、遠く離れて暮らす事で生ずる『今生の別れ』は、人生の中で切実であったろう。
さあらばこそ、現代人の我々も『さらぬ別れ』への心を大切にしたいと思うのだ。
言葉を安易に使いすぎる自らの戒めとして…。
