震災という戦い
未だに被災者救済は思うに任せず、人々は死に瀕している。また地を追うように原発事故の深刻さは予断を許さない。
被害の少なかった都内は、通勤の大混雑と投げやりな自粛ムード、そして物資の買い占めがもっぱら流行る。言葉を殺して、皆が苛つきながら歩いている。
日本人は周囲の人々が、困窮に耐え、忍耐すれば世界一の誇るべき粘りとモラルを示す。
しかし、誰か一人がパニックやヒステリーを引き起こすと、今回の買い占め騒動に見られるように簡単に崩れてしまう。
我々の人間として力は、こんなにも脆弱な基盤で社会を営み作ってきたのか。
国としての集団の力は、個々の力が強くならないと本当の支えは形成できないだろう。
被災という戦いに勝利するには、その力を結集する組織や人材が必要だ。
謡曲『頼政』に以下の詞章がある。
…忠綱。兵を、下知して曰く。水の逆巻く所をば、岩ありと知るべし。弱き馬をば下手に立てて。強きに水をば防がせよ。流れん武者には弓筈を取らせ、互いに力を合わすべしと。唯一人の下知に酔って、さばかりの大河なれども、一騎も流れず此方の岸に……。
平忠綱という青年武将に指揮された平家軍は、源頼政を圧倒してゆく『平家物語』に描写される下りである。
今こそ、リアリズムに徹した指揮と人材、互いに助け合う個々の力が、この国難に必要とされるのだ。
