『いくさ』の仕方
今回の地震以来、数日にわたり連絡の付かなかった実家の両親からメールが届いた。
断水中で食料や物資も総じて欠乏しているが、こちらは元気である…と。
両親は先の戦争体験者で、酷い焼け跡生活を知っている。
あの時の経験を思えば大した事はない、と気丈な様子であった。しかし、老人が配給所に通うのは大変に辛い。
だが、今はとにかく頑張ってもらうしか手はない。
今、日本国内は深刻な状態だが、私はあえて地震の話題には触れないでいる。
触れた処で、役立たずで手助けにはならないからだ。
だからこそ、私は気を落ち着けるためにチャリで遠征して禅寺に参詣し、先人の墓所を訪ねた。
ある方の墓所に…いわば会いたくなったからだ。
その理由を話せば、おそらく自慢話に取られ、私の意図するものと違う。
ただ、私には先祖から語り継がれ、受け継いだ精神哲学というものが深くある。
それに従って、自分の仕事を自らで支えて、戦って生き抜くだけだ。
たとえば国を思う、または社会を支えるというのは、人々と自分を前向きに捉えて、生きる事から始まるのだ。
人には、それぞれに『いくさ』の仕方がある。
