哲学と日常生活
某国営放送、教育テレビ『サンデル教授…』を見ている。
私は知性という知育は、最終的に本人自身が磨くものという『自力本願』に拠ると思っている。
逆に知的質の価値や高さというものは、相対的な存在であり、要は使い方だと考えている。
サンデル教授の論展開は演劇展開と似ている。役者と観客、原作主題と演出解釈などを舞台で問うている『一人芝居』なのだろう。
教授はカトリック的他力本願を引き合いとして、プロテスタント的自力本願を検証しているように感じた。(リバタリアンやジョン・ロック)
教授の論議展開は政治哲学、経済に極めて明るい神父様に見えた。
憲法と法律は違う。
法律と道徳は一致しない…。
たとえば、エゴイズムという視点を個人主義の極北より普遍的な主張として引き戻して、社会生活に生かす…そういう考え方を模索しているように見える。
日本にも『エゴイズム』を説いた大西巨人という孤高の哲学者がいるが、その上で、サンデル教授のごとく明快な論議に若者を巻き込む技法…学生に対して『君の名前は?』と、巧みな心理手法を用いる学者は希有だ。
私には、サンデル教授の講義は、教会で神父様の聞いているような気分になるのだが、アメリカの学生には普通の風景なのだろう。
